その288 ツノアリツノナシツノツノ
「自分で引きちぎったんですか!?」
「いえ、ちぎではなく」
「ではもぎりましたか!?」
「もぎでもなく」
ちぎでももぎでもないと言う。
じゃあえぐったりはがしたりしたのだろうか……。
「では、ツノとシッポがちょっと邪魔だったので、やっぱりお店とかに置いて来てしまったのですか?」
如何にもシッポは座るのに邪魔そうなので、取れるならありそうな話である。
シッポが置いていかれるお店の人はたまったものではないだろうけれども。
「いえ、もうこの世にツノもシッポもないので」
「それはどういう意味でしょうか……?」
「根本的な物を取り去ったのです。つまり、もうドラゴンは卒業しました」
「卒業!?」
「はい、つまり今の私は人間です」
ドラゴンに入学や卒業が存在しているのかはさておき、ツノやシッポを無くしたという単純な話ではなく、そもそもドラゴンではなくなっているらしい。
……結構な大ごとでは!?
アイデンティティの喪失どころの話ではなく、そもそも種族が変化している!
「そんな簡単に捨てちゃっていいものなんですか!? と、というか捨てられるものなんですか!?」
「まあ、もうドラゴンなのか人なのかよく分からないグラついた存在になってましたので、どちらかに振れたというだけですよ。言うなれば住所を移したと言いましょうか」
「そんな住民票感覚で!?」
トラコさんは努めて軽い調子で話しているけれど、明らかにそんな些事ではない。
なかなかその種族をやめる人を見たことがないので、どれくらい大きな事態なのか想像出来ないのだけど、少なくとも生命体としての常識はまるで変わってしまいそうだ。
なんという巨大な決断、異世界に来た私の変化がちっぽけなものに思えてしまうほどである。
「と、というか、トラコンなんて名前をしているのにドラゴンやめてしまったら名前が意味不明なことに!」
「それはもうジェーン様が悪いです。人間にニンケンって名前つけるようなものですからね」
「あっ、元々意味不明でしたね……」
「逆に人間になったことでトラコンという名前も一周回ってまともになった可能性があります」
「なるほど、ドラゴンにトラコンと名付けるのが問題であって、人に名付ける分にはまだギリギリセーフですか」
幻獣種の名前を一ひねりして子供につけるのは、確かにまだ洒落た名前で通る範囲かもしれない。
ネーミングセンスに難があると思われていたジェーンにここに来て一筋の光明が。
「というわけで、ドラゴンでなくなったので自然とツノもシッポもなくなったわけです。これでもう頭に鉄アレイ付けてるような生活ともおさらばですね」
「そんなに重かったんですか!?」
「明らかに邪魔ですよね。何に使えばいいんですかツノって」
「い、いや、確かに使い道は分かりませんけども……!」
「ただまあ……無くなってしまうと、名残惜しい気持ちもあります」
それまでツノがあった場所をさするトラコさんの顔は少しだけ憂いを帯びていて、明るい態度はとっているものの、やはり種族を捨てるのが軽い行いではないことがよく伝わってきた。
本当なら捨てたくなかったものなのだろう。
けれど、トラコさんは決断した。
なんのために決断したのかは……何となく分かる。
きっと妹様の為だ。
トラコさんは常に妹様のことを考えて動いている。メイドの鑑なのだ。
或いは、妹様の為に動くことが自分の為なのかもしれない。
そういう気持ちは分かる。私も推しの為に動いているというより、自分の欲で動いているという意識が大きいからだ。
「結局のところ、私が中途半端だったのが良くなかったのです」




