その284 ラウラちゃんよく死ぬ
推しに四方から抱かれるという天変地異みたいな状況では、私の心など嵐の海に浮かぶ笹船の如き矮小なもので、平穏など何処にもありはしない。
つまりいつ沈んでもおかしくはないのだけど、悟りパワーで大海は見事に凪へと静まった。
いや、あくまで表面上だけであってまだ深海では火山が大噴火しているのだけど、それで抑えられているのがむしろ奇跡。
私はアルカイックスマイルのまま(彫像にありがちな感情を抑えたままに口だけ笑う不自然な笑顔のこと! 弥勒菩薩などもこれ)全てを受け入れる心持ちで事態を見守る。
一団となった私たちは通常の押し競饅頭でもないほどの接近をしているわけだけれど、私はこの状況に一つの違和感を覚えていた。
なんだか……狭い気がする。
うん、まあ、物理的に狭いのだけどね? 何を当たり前の事を言っているのかと思われるだろうけれど、私にとって推しがそばにいることは狭いと感じる事柄ではないのです。
では一体に何を狭く感じているというのか。
「……壁が近寄ってきてねぇか?」
グレンも同じ疑問を覚えていたらしく、その言葉で私は違和感の正体に気付く。
た、確かに壁が接近してきている!
い、いや、それだけじゃなくてこれはまさか……。
「こ、この大広間そのものが狭くなってきているんだ!」
よく見れば天井なども段々低くなってきている!
えっ、大丈夫? このままいくと潰されたりしない!?
「なるほど、あの空間は元の屋敷の拡張を意識していたんですね」
「いや、トラコさん冷静すぎません!?」
デスゲームものな物語なら死は免れない状況に、思わず悟り状態を崩してしまう。
ここがそんな恐ろしい世界でないと信じている私だけれど、それでもその名の通りあれだけ広かった広間が狭くなって狭間になってしまう光景は否応なしに焦りを誘った。
アルカイックスマイルも苦笑いに移行しちゃいましたよ!
「大丈夫。お姉さん、自分を信じて」
「えっ? この世で一番信用ならないのが自分ですけど?」
「卑屈すぎて逆に信用が持てる気がしてくるから不思議だな……」
こんな事を言っている間にも壁は急速に勢いを増して迫ってきている。
果たしてこのまま本当に壁になってしまうのか。
私は最悪それでもいいけども! 壁になるのオタクの夢だけど! でも推しを押しつぶすのはご勘弁願いたい!
「ラウラ様、これが終わったらご馳走を奢らせてください」
「何故急に死亡フラグをー!?」
最後の最後に何故かトラコさんが生き残れないタイプの言動を残したところで、私は思わず目を瞑ってしまった。
私を抱きしめるみんなの腕の力が少し増したところで、何かをすり抜けるような感覚が私の体を通過していく……そしてそれと同時にずっと続いていた揺れも急に収まった。
恐る恐る目を開くと──そこはもう豪華絢爛な大広間ではなく、よくお喋りをしていた屋敷の庭で、心地よい風が芝を揺らしている。
どうやら帰ってこれたらしい……いや本当に? まだ屋敷燃えてたりしない?
一抹の不安を抱えたままに振り返ると──そこにはいつも通りの無事な屋敷が立派に存在していて、火の気は何処にも感じない。
よ、よかった! 完璧に戻って来れた!
「ら、ラウラ様、急に体勢を変えると危ないですっ……!」
安心しきっている私だけど一つ忘れていることがあった。
それは一塊になっていることで、ただでさえ屋敷から芝に出ているバランスを崩しやすい状況だというのに、そんな時に無理な動きをしてしまうと……。
「えっ? あっ!? ぐ、ぐえーーーーーーーーーーー!!!!」
壁には潰されなかった私だけれど、体勢を崩した推したちに潰されてしまった。
ぐぅ、お、推しに推し潰されるなら歓迎……だけど、流石に重いかも!
ドミノ倒しは普通に危ない事故なので、みんな行列には気をつけよう……! 慌てず焦らずゆっくり並ぼうね……! オタクとの約束だよ……!
「ぐふっ……」
「ら、ラウラー!?」




