その280 爆発オチだけは避けたい!
もしかすると『信じる魔法』の効果でジェーンのイメージが書き換えられてしまったのではないか、そんな一抹の不安が私の脳裏をよぎる。
過剰な妹様の恐れが具現化してしまったのだとしたら……あり得ない話ではない気がする。
そうだとすると、子供っぽい悪役口調も納得できるし。
「トラコは……トラコは悪い竜じゃないんです! 私も最初勘違いしちゃったけど、暴れてるのはきっと私が急に正体を口にしたせいで慌てちゃっただけで……だから、悪いのは私なんです!」
妹様の必死の弁明をジェーンは腕組みして聞き届ける。
その姿には貫禄がある──ように見えて、ちょっと顔が赤くなっているような。
えっ、可愛よ……。
「な、ならば、全ての責は貴女が背負うと言うのか」
「は、はい! 勿論です!」
「本当か? なんかこう……め、めちゃくちゃ痛いこともしちゃうかもしれないよ?」
「痛いことも我慢します!」
何やらボスの貫禄に陰りが見えてきているところで、私は妹様の背後の異変に気付いた。
竜の体が少しづつ小さくなってきているのだ。
まるでしぼみ続ける風船のように……或いは縮こまったフクロウのように。
「では貴女の──その無敵の魔法を奪うことにします」
「魔法……ですか?」
少し考えてジェーンの出した結論は、『信じる魔法』の要求だった。
勿論、ジェーンにそんな魔法を奪うような力はないだろう。
ここに来て私はようやくことの流れを理解した。
過剰にジェーンを恐れている妹様、それを利用して事態の解決をはかっているのだ。
ジェーンに魔法を奪う力が無くても、妹様が自分からそれを手放すことはあり得る。
それに、敢えて悪役になることで相対的にトラコさんの印象を善側に持っていくことも可能だ。
既に構図は完全にジェーンが悪であり、トラコさんは可哀そうな立場へと変化している。
こうなってしまうと、もう悪しき竜など決して想像できない。
ただ、それでも『信じる魔法』を妹様が手放すかは難しいところだと思う。
妹様はこの魔法を自慢に思っていた。誇りに思っていた。
当たり前だ。誰にとっても無敵と言うのは魅力的で、時の権力者なら石にしがみ付いてでも、何を犠牲にしてでも手放さないものだから、子供じゃなくても自慢に思う。
果たしてそれを簡単に失えるのだろうか。
「構いません! 持って行ってください!!!!」
私の心配を笑い飛ばす様に、妹様はあっさりと大きな声で『信じる魔法』を放棄する。
その潔い姿には思わずジェーンも戸惑って、素で聞き返してしまう程だった。
「……本当にいいの?」
「私しか守れない力より、今、トラコを守れる方が大事です」
まるで簡単に、当然のように、並みの人間なら決して抗えない誘惑に妹様は打ち勝った。
彼女は今、少女の鎧を脱ぎ捨てて、本当に大切なものを守ろうとしている。
それはともすれば幼さからの卒業で、妹様は大人への道を登り始めたのかもしれない。
「では貴女の魔法を奪うことで一旦は許すとしよう。だが、貴女やそのメイドが良い子に暮らさなかったその時は……分かっているな?」
「い、いい子にします! させます!」
「魔法は今この時に失われた。これからの貴女に期待するとしよう」
芝居がかったジェーンの言葉と時を同じくして、ドラゴンの姿は消えていく。
小さく小さくなっていたその巨体は気付けば人型まで縮んでいて、そこにいたのはいつも通りの女装メイドのトラコさんだ。
どうやら魔法は完全に失われたらしい。
良かった……機転を利かせてくれたジェーンのおかげで、これで一件落着。
予想外の形だったけれど、もしかすると一番綺麗な決着だったかもしれない。
さすがジェーン! どうですか! この子、私の推しなんですよ!!!!
なんて思っていたのだけど、慌てたようにジェーンがこちらにやってくる。
な、なんか嫌な予感が……。
「ら、ラウラ様! あの……ごめんなさい! ちょっと失敗しました! この屋敷から出ないとマズいかもです!」
「えっ、失敗って、ものすごーく上手く行っていたように見えたけれど……」
「この屋敷の拡張も魔法の産物なんです!」
「あっ!」
言われてみればこの空間も、『信じる魔法』によって形成された悪しき竜の根城である。
そしてその魔法が失われたということは……。
気付いた時にはすでに遅く、屋敷が急にガタガタと揺れ始めた。
ま、マジでどうなるのか分からないけど、超怖い!
爆発とかしないよね!?
「すいません! 完全に失念してました……」
「と、とりあえずえっと、み、みんな集合―!」




