その278 推せ地には数の子が欠かせない
よし! なんとか私のメイド愛から来るプレゼン──じゃなくて説得が通じてくれた!
もうなんかゴリ押しで納得させた感じがすごいけど、とりあえず何とかなったかな……?
ちらりとドラゴンの方を見てみると、どうやら混乱は収まったらしく、女装から解放されまた元のドラゴンの姿に戻っていた。
結構よかったけどな……あの格好も。
ただ、少し様子が変な気もする。
先ほどまでが変過ぎて分かりにくいのだけど、わずかに違っている気がした。
何故だろうか、とげとげしい雰囲気が消えているというか、むしろ弱弱しい雰囲気すら漂っている。
悪しきドラゴンという感じでは間違いなく無く、その姿はドラゴンと言うより濁点が取れて印象が軽くなったトラコンめいている。
この変化はそのまま妹様の心境の変化によるところだと思うのだけど……。
そう思っていると、妹様が首を傾げながらこちらの顔を見上げてくる。
「つまりトラコってなんか強そうな雰囲気してるけど、それは努力の成果で、元は普通ってこと?」
「えっ、まあ、そうですね。大人と言うのはみんなそういう所があるのですが、強くあろうと頑張るものなのです」
私のように常時弱弱しいものには分からない話だけど、基本的に人と言うのは強くあろうとしている。
中でもトラコさんは常に飄々とした雰囲気をまとっていて、弱いところはあまり人に見せないタイプだと思う。
ただ、実際に深く会話した印象では、トラコさんも私たちと同じくまだ悩み苦しむ若者と言った感じだった。
実際、年齢っていくつくらいなんだろう……。
「戦闘力もない?」
「それはあんまりないと言っていたような」
不思議な問いかけに条件反射で応えてしまう。
そもそも普通のドラゴンの強さと言うのもかなり不透明ではあるのだけど、少なくともトラコさんは子供の頃からジェーンの子分になっていたように、ひいき目に見ても戦闘が得意そうなタイプには見えない。
そもそも戦いという行為そのものが嫌いそうだ。あんまり可愛い行為じゃないもんね。
「じゃ、じゃあ、助けないと!!!!」
「えっ!? い、妹様!?」
驚く私の脇を抜けて妹様は柱の影から飛び出すと、何を思ったのか睨み合う二人の間へと走って行ってしまう!
しかも間が悪い事に、それはドラゴンがジェーンへと飛び掛かっていく最悪のタイミングだった。
ジェーンも迎撃のために拳を振るうけれど、そこに妹様が駆けつけてしまうのはヤバイ!
い、いや、でも割と無敵な妹様なら大丈夫かも……?
でも絵面が危なすぎるし、第一、本当に大丈夫かも分からない!
思わず飛び出した私だが、時すでに遅し、ジェーンとドラゴンの間に生じた衝撃波で妹様は派手に空に吹っ飛んだ。
「ば、バトル漫画の世界観ー!」
いや、しょ、衝撃波って!?
妹様のイメージの問題かもしれないけれど、その威力は凄まじく、まるで地震のように床が揺れる。
立っていられず、思わず私は動きを止めた。
その背後を一つの影が抜き去っていく。
グレンだ。グレンが必死に走っている!
最愛の妹を受け止める為の、優しくてたくましい兄の姿がそこにはあった。
そして落ちてきた妹様を、グレンはスライディングしながら見事に両手で抱き留める。
なんと推せる姿だろうか。
推せすぎて、正月でもないのにここが推せ地になってしまうわ……。
しかし、抱き留めた瞬間、グレンの顔が驚きの色に染まったのを見て、推せ推せな私の心も我に返る。
急いで駆けつけるとそこには──頬から血を流す妹様の姿が。
……け、怪我をしている!? 妹様が!?




