その271 膝枕、駄目、絶対
後頭部に全ての神経を集中させると、柔らかくも硬い感触が力強く伝わってくる。
これは──間違いなく鍛え上げられた大腿四頭筋の感触!
まさか私は世界一豪華な枕の上で寝ているとでもいうのか!?!?!??
疑心は確信へと変わり、確信は余震という震えに変わった。
ヤバい! 早くも中毒症状が出ている!
これが過剰膝枕反応──通称オーバードーズか!
このままこの幸せを享受し続けていたら廃人まっしぐらなのは自明の理なので立ち上がりたいところなのだけど、しかし、膝枕が私の後ろ髪を掴んで離さない。
駄目だ! 薄弱な意思の力ではこの幸せを拒絶することが出来ない……!
やっぱり一度手を出してしまうと、二度と手放せなくなるのがドラッグ──じゃなくて、膝枕なんだ……!
そして常習犯は足元を見られて金をむしり取られるのが世の習い。
私の破滅は今ここに決定した。
「い……」
「い?」
「いくらくらい払えばいい……?」
「起き抜けに何言ってんだ!?」
「すいません……膝枕の相場に詳しくなくて……」
「そんなもんに詳しいやつなんていねぇよ!」
こんなことならちゃんと膝枕界隈の市場調査をしておくべきだった!
等と私が後悔している隙にグレンは立ち上がり、枕が消失してしまう。
よ、よかった……危ないところだった……このまま枕され続けると、私の頭がドグラマグラになってしまうところだった。
──気が狂うって意味です!
「はぁ……何にせよ、無事でよかったぜ」
「あっ、ご心配おかけしました!」
「まあ、そこの剣に話は聞いたから、ただ気絶しているだけじゃないとは分かってたけどな」
「エクシュから?」
そうか、基本的に私以外と会話が出来ないエクシュだけど、人型になったから普通に話せるようになったんだ。
そう思いながらグレンの視線の先を見るとそこには──いつも通りのへちょい見た目になったエクシュの姿が!
人型はいずこへ!?
「あれは時間制限が存在するのである」
「そ、そう言えばそんな話だったっけ」
「主の帰還、まこと素晴らしい。我は誇らしい気持ちでいっぱいだ」
「うん、ありがとう。ええっと、トラコさんはどうなってる? あとイブンは何処?」
話によると現在は停止しているはずのトラコさんだけど、実際はどうなっているのだろうか。
周囲を見渡してみると、すぐに二人は見つかった。
そこではマスクをつけたトラコさんが赤い渦を纏ったままに動きを止めており、イブンはその周辺をテクテクと回っている。
「トラコはお前がマスク付けてから動かなくなったんだが、同時にあの渦のせいで近寄ることもできねぇ。それでイブンはその見張りをしている……んだと思う」
「憶測なんだ……」
「あいつの考えてることは分からん」
心が読める人の心が一番読めないというのは、なるほどあり得る話なのかもしれない。
ひとまず、状況は落ち着いた様子を見せているようだった。
これならジェーンが来るまでの時間は問題なさそうかな……。
「お姉さん、ちょっといい?」
「イブン? 見張り(推定)はもういいの?」
胸を撫で下ろしていると、イブンがトコトコこちらに近付いてきた。
やはり見張りじゃなくて暇つぶしの観察とかだったんだろうか。
「あの人、もうすぐまたドラゴンに戻っちゃうかもしれない」
「…………あれぇ!? 問題なさそうな感じじゃなかったの!?」




