その267 精霊……いい奴だったよ
「一体何があったんでしょうか」
「懐かしい光景ですね。私もよくあんな感じで追われていました」
「竜が追われるのも奇妙な話ですね……」
またしてもトラコさんがトラウマで青ざめていた。
ドラゴン追いしかの山、リヴァイアサン釣りしかの川──そんな故郷の思い出なのかもしれない。
物騒すぎる。
「それにしてもあれがジェーン……様だとは、にわかには信じられません」
「あっ、そういえば久々に顔を見るんですよね……どうですか!!!!! ジェーンは世界一可愛いでしょう!!!!!」
「自慢げですね」
オタクは推しの話をするとき何故か己のことのように自慢しがちなのである。
仕方ないんです……特にジェーンは我が子も同然なので。
そしてトラコさんは幼少期以来のジェーンの姿に、珍しく目を見開いて驚いていた。
これも仕方のないことなのです……何故ならジェーンは無数に存在するという平行世界を含めても最も可愛いのだから!!!!
「確かに驚くべき可憐さです。子供の頃から恵まれた容姿をしていましたが、成長して磨きがかかった上にお淑やかさまで手にしている……くっ、私もまだまだ可愛さの修行が足りませんね」
「今はちょっとお淑やかとは程遠いことをしておりますが、しかしその通りです!」
「あのー! 忘れられてないっすかー!?」
「あなたはもう素直に捕まってください」
「うぇっ、マジっすか!?」
助けを求める精霊さんにあまりにも無慈悲なトラコさんだった。
でも確かにとって食おうという二人ではないので捕まった方が良いのは間違いないと思う。
そもそも二人を見つけようという話だったので、こうしてスムーズに見つかったのは幸運とすら言えた。
いや……そうじゃなくてもこの状況は幸運!
それを精霊さんに説明しなくては!
「大丈夫ですよ、精霊さん! むしろその二人に追いかけられるなんてラッキーなことですから!」
「えっ、そうなん!?」
「そうですよ! 冷静に考えて見てください……美少女に追いかけられるなんて、もはやその時点で人生の勝者です!」
「……追われる恐怖でとにかく逃げてたけど、百理あるじゃん」
「美少女に追われた時点でそこはもう実質太陽煌めく真っ白な浜辺。うふふ、追いかけてごらんなさーいな状況も同然です! 想像してみてください……海で美少女と共にいる自分を!」
精霊さんは目を瞑り、想像の世界へと思いをはせる。
そしてカッと目を見開いた時、その瞳はもう桃色に染まっていた!
「もしや勝ち組じゃね?」
「そう! その通りです!」
「逃げてる場合じゃなくね?」
「むしろ飛び込むべきです!」
「うおっしゃー! 飛び込むっきゃねぇー!」
精霊さんは急停止すると、追いかける二人の方へとUターン!
そしてそのまま──妹様の持っていた縄でグルングルン巻きにされて捕縛された。
「ぐわー!?」
「せ、精霊さーん!?」
現実は非情だった。
悲しいかな妄想の様にはいかない……そもそも追いかけられているのだから、冷静に考えると捕まればこうなるのも納得な結果だった。
「ラウラ様、ナイスです」
「わ、私、そんなつもりでは!」
気付かぬうちに精霊さんを騙してしまった!
しかしながら事態は一応の好転を見せている。
尊い精霊さんの犠牲によって……。




