その263 言動力
私のノミの心臓と違って、ジェーンの心臓はカミの心臓なのかもしれない。
尊大かつ偉大かつお優しい心臓なのである。
「とにかく、同じ魔法を持っていることが重要です。それがあれば上書きも可能なはず」
「なるほど……理屈は分かりました。でも、今はもう使えないという話だったと思いますが」
『信じる魔法』は幼い頃の無敵さから発露するものという話なので、立派に成長したジェーンはもう扱えない代物だと聞いている。
そうすると上書きも望めない気がするけれど。
「いえ、意識的には使えなくなっただけで、今での残滓は残っているはずです。そして微かな後押しで問題ありません。これは妹様との合わせ技ですので」
「妹様との?」
妹様との合わせ技でボコボコにする……つまりツープラトン?
私の脳内でジェーンと妹様がタッグを組んでプロレスのリングに立ち、サンドイッチ式ラリアットでトラコさんを痛めつけている姿が思い描かれる。
──超幸せな光景では!?
私も食らいてぇ~~~~!
「トラコさん、ツープラトンということですので私も付き合って技を受けますよ!」
「どんな妄想をしたのか分かりませんが、そんな物理的な技ではありませんので」
「違うんですか!?」
「重要なのは同じ魔法を持った者が二人いることです。いいですか、今の私には『悪しき竜』という妄想が十かけられている状態です。そして実際に私は悪しき竜として暴れた。これを元通りにするのはもう十では足りません」
違うに決まっている私の妄想を正しつつ、トラコさんは話を続ける。
なるほど、具現化されてしまった妄想はその妄想を加速させるというわけか。
だから元通りに戻すのはもはや元の妄想を正す程度では足りないと……。
「だから合わせ技です。ジェーン様と妹様の二つの『信じる魔法』でこちらの姿をかき消します」
「それなら十を十一に出来るんですね!」
「いえ、もっとプラスしたところです。そしてここで登場するのが──ボコボコなのです」
「ボコボコになっちゃいますかー……」
満を持して登場するボコボコだった。
そんなに自分をボコボコにする案を連呼することはドMさんでもない限りなかなか無いことである。
私はドMな上にドMなので言いたいけれども。
「想像してみてください。悪しき竜と言われている狂暴な存在がジェーン……様という一見一般人な女子にボコボコにされる様を」
「ふむ……羨ましいですかね」
「申し訳ありません。もう少し一般的な想像をお願いします」
「すいません! えっと、まあ、そこまで強い存在じゃなかったと思いますかね」
流石に女子に倒されるような存在は凶悪とは思えないだろう。
それどころか、ドラゴンであることすら疑ってしまいそうだ。
「狙いはそこです。ジェーン様にボコられることで妄想は一気に弱まる上に、彼女自身の魔法により私も相当な弱体化が予想されます。ジェーン様は私の子供の頃を知っているわけですし、その頃、実際にボコボコにしていたわけですから妄想の強度も強い」
要するに自分の情けない姿を妹様に見せることによって、元の妄想を書き換えようという話らしい。
そしてそれは同じ魔法を持っていて、更にトラコさんの弱い面を知っているジェーンが最も適役ということ。
結論として、ジェーンにボコボコにされるのが一番正しいわけか……。
「私がジェーン様によってボコボコのボコにされた後、妹様が『えっ、こんなの全然悪しき竜じゃなくね? クソ雑魚じゃん』という疑念を持ったところで、ラウラ様には妹様の説得をしてもらえると助かります」
「せ、説得ですか」
「とにかくこちらの無力さをお伝えして貰えれば大丈夫です。ラウラ様の言葉は嘘がありませんからね、真摯な説得という場面では優位に働きます」
突如大役を言い渡されてしまった私である。
確かに私は誰かを騙すということが出来なくなってしまったので、いちいち疑いを持たずに聞けるという意味では、信用が置ける言葉かもしれない。
しかしながら、嘘が付けないので駆け引きも出来ないのである。
言ってしまえば子供の言動と変わらない!
果たしてそれで上手くいくのか疑問しかないのだけど、でも、やれと言われたらもうやるしかない。
願わくば、妹様との間にいい感じの信頼関係が出来ていますように……!




