その258 謝罪バトルでは負けない
有能が本能であり本望でもあるエクシュに投げられた私は、意識が一瞬ブラックアウトしていた。
いや、意識がないので一瞬かどうかも定かではないのだけど、私の感覚からすると一瞬に違いない。
そして体と一緒に飛んで行ってしまった意識は、何かに抱き留められるような感触で目を覚ます。
この温かで柔らかで、けれど筋肉質な感触は一体……?
そんな疑問はすぐに氷解した。
顔を上げると、私を抱きとめるトラコさんのお顔があったからだ。
トラコさんが飛んで来た私をキャッチしてくれたということ!?
でも、そういう余裕がありそうな状態には思えなかったけれど……。
というか、詠唱も止まっているような気が。
「お……おはようございます」
頭の中に大量のクエスチョンマークが飛び交う中、目覚めた私の口から飛び出た言葉は、TPOを無視し過ぎた言葉だった。
ほ、殆ど条件反射で変なことを言ってしまった!
そもそも、いくら詠唱が止まったとはいえまだ喋れるかも微妙では──。
「おはようございます……と言っていいかは微妙なところですね。お休みなさいが正しいのでしょうか」
「えっ、あ、あれ!? 普通に喋れています!?」
「ラウラ様、周囲を見渡してみてください」
言われるがままに周囲を眺めてみれば、そこは先ほどまでの大広間ではなかった。
なんとそこは大草原の中だったのだ。
ど、どうしてこんなところに!?
「こ、これはつまり、投げられた私の勢いがすごすぎて、トラコさんごと屋敷を突き抜けて大草原に着地したってことですか!?」
「とても愉快な推測ですが違います。というか、それは私が死にます」
「じゃあここは天国!? ──いや、私、天国に行けるほどの人じゃありませんね」
「ナチュラルにネガティブになりますね、あなたは。しかし、ええ、ここは天国ですよ」
「えっ、ガチの死ですか!?」
気付いたら死んでいたなんて、そんなことあります!?
いやでも、飛翔の勢いそのままに激突して死亡は普通にありそうで怖い!
だとしたら死因エクシュなのですが!?
「ふふふ、ジョークですよ。メイドジョークです」
「心臓に悪すぎるジョークはやめてください! それはもうメイドジョークじゃなくて冥土ジョークなんですよ!」
洒落にならない洒落にビビってしまったけれど、しかし、同時に私は安心感も覚えていた。
そういえばトラコさん、こういう茶目っ気のある人だった。
メイドジョークも久しぶりに聞いた気がする。
「ここはですね、私の心象の中です」
「心象?」
「現在、私の体は他の意思に乗っ取られている状況なので、心は隔離されているのです。言うなればここはトラコ内部に存在する決して出られない封印のようなものでしょうか」
「なるほどー……それで、私はぶん投げの勢いで内部に入ってしまったわけですか」
「飲み込みが早くて助かります」
もう幾度となく壁を越えてきた私なので、これくらいはゴクゴク飲み込むことが出来た。
なるほど、封印されて出られない状況はおじ様と同じなわけか。
ということは、今も本体は詠唱を続けていたり……?
だとすると、焦ってしまうのだけれども。
「そしてラウラ様──ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「あっ、いえいえ、こちらこそいきなり上に落ちて来たりして、その上エクシュが刺さっちゃったり、斬りまくっちゃったりしてごめんなさい!」
「謝り返されると困ってしまいますよ……ラウラ様はいい人すぎます」
「いえいえいえいえ! 腰が地の底に付くほど低いだけですので! 私と謝り勝負したら永久に互いに謝ることになっちゃうので、それより、協力してここから脱出する方法を探しましょう!」
正直言って今の状況は想定外に想定外を重ねている。
当初のマスク作戦も何処かに行っちゃってしまって、どうすればいいのか私にもさっぱりなのだけど、だからこそトラコさんと話せるのは頼もしかった。
1人だったらまだここで寝てたかもしれないしね……。
「……方法は一応思いついています」
「おー! さすがですね。もしや従者という生物には有能な人しかいないのですか?」
「その方法にはジェーン──様の手を借りる必要がありまして」
「ジェーンですか?」




