その232 ミイラ取りがラウラ
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一瞬の暗転の後、何やら硬い絨毯の上に自分がいることに気付いた。
絨毯は赤く、そしてざらついている。
ここは何処だろう。
手にはカーテンで作った紐が握られていて、引きずり込まれた先であることは分かった。
そして紐の先にくっついているエクシュは……じゅ、絨毯に突き刺さっている!
お高そうな物になんってことを!?
どれくらい賠償がかかるのか考えるとくらくらしてしまうので、その現実から逃避するように私は視線を上に移す。どうやら大広間に出たらしく、空の高い天井で豪奢なシャンデリアが揺れていた。
……いや、あの規模の大きさの物が揺れていたら大事件じゃない?
冷静に状況を把握してみると、揺れているのはシャンデリアでも天井でもなく、どうやら地面だった。
地震に慣れた前世日本人ではあるものの、いささか揺れが大きすぎる。
しかも、今こうしている間にも揺れはどんどん大きくなり続けていた。
まるで絨毯が波打っているような……。
それが“ような”ではなく事実であることに気付いたのは数秒後。
絨毯は間違いなく波打っている。そしてそれは今腰かけている赤いこれが絨毯ではないことも表していた。
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!」
響き渡る咆哮で私は気付いてしまう。
今乗っているこれが……ドラゴンの背だということを!
じゅ、絨毯より数億倍高価なものだった!
目の前では不機嫌そうな顔のドラゴンが体を思いっきり揺すっている。
い、いきなり背に乗っちゃったから怒られた?
怒りの原因が分からず慌てふためいていると、視界に突き刺さったエクシュが映る。
……あっ、絶対あれのせいだわ!
だって刺さってるもの! まるで聖剣のように!
普段は切れ味終わっているのにどうしてこんな時だけ竜の鱗を突き破っちゃうのエクシュー!
どうやら流れとしては穴に剣を投げた後、空間がどうにかこうにかドラゴンのところに繋がって、そしてそのまま刺さって私が引きずり込まれた……という感じらしい。
釣りの逆みたいなことになっている!
というか、このドラゴンはトラコさんであってる?
なんだか完全に野生に戻っている印象を受けるんだけど……。
なんて考えているうちに揺れは更に勢いを増していき、私はドングリみたいにコロコロと竜の背を転がり落ちていく。
紐をしっかり持って態勢を立て直したいけれど、当然そんな運動神経は私にはなく、そもそも紐は長すぎて命綱にするには不適切だった。
やばい! それなりの高さがあるので落下すると死が見える!
一メートルは一命取るという言葉の通り、高さは即ち危機なのである。
とか考えている暇はなくて! えーっとどうすればー!
落下しながら焦る私を救ったのは、赤い影だった。
何者かに抱き留められた私。背中に筋肉質な腕の温もりが伝わって来る。
そして私はこの筋肉の感触で彼が何者か気付いた。
「おい、いきなり空から現れて色々しすぎだろ!」
「ぐ、グレン!」
落下する私をお姫様抱っこで受け止めたのは赤髪爽やかなグレンだった。
うん、このよく鍛えられた筋肉はグレンのものだよね!
……いやグレンに抱かれているのは人類共通の夢だけど、それを私が甘受するのはマズいよ!?
推しとの完全なゼロ距離という現実に暴れ出してしまいそうになるけれど、今そんなことをしていては迷惑甚だしいので、全力で我慢する。
そう、まだ危機から脱してはいないのだ。竜は恐ろしい顔でこちらを睨んでいるのだから。
「とりあえず隠れるぞ。舌噛まないように黙ってろ……って言っても出来ねぇか」
「く、口を押えていればなんとか!」
私という重荷を腕に抱えたままに、グレンは迫る竜のかぎ爪を軽やかに躱しながら、颯爽とその場を離脱する。
か、かっけー! なんか私みたいなのに負けてしまってからやや迷走しているみたいだったけど、やっぱりグレンは強い! すごい! ヤバい! 推し!
そして冷静に考えると、私は一応助けに来たはずなのに助けられると言う、本末転倒なことをしてしまっているのだった。
文字通りのお荷物第二段!
本当にごめんなさい……!




