番外編 お歌の時間(ローザ視点)
みなさまごきげんよう、ローザ・アワーバックですわ。
罪人の身でありながらのうのうと日々を過ごす愚劣なる女、ローザ・アワーバックですわ。
許されざる私に許しを与えた寛大なるラウラ様の為にも、そして少しでも己の愚かさを減らす為にも、ラウラ様に奉公しているのですが、そんな私の一番大事なお役目とは即ち『真実の魔法』によって生じる不利益を少しでも減らすことにあります。
さて、どうして突然こんな話をしているかと言えば──今、ラウラ様に不利益が生じているからに他なりません。
その不利益の名は……『音楽の授業』ですわ。
歌というのは魔法使いにとっては詠唱と同じく重要な要素なのですが、実のところ、ラウラ様はこれを苦手としておりました。
元々無口なお方なのでそれは仕方ないのですが、問題は今。
今、ラウラ様は無口ではありません。それ故に好きに歌うことが出来るはずなのですが……『真実の魔法』は厄介なもので、心情を口にしてしまう効果から、お歌の邪魔になってしまうのです。
嗚呼、私のせいでなんというご不便を……。
そんなわけで、本日はラウラ様のお歌の練習の協力をするのが私のお役目なのですわ。
「なんか歌ってると他の曲が思い出されちゃってそっちに意識を持っていかれちゃうんだ」
「意識を? 申し訳ありません、一度、拝見させて欲しいですわ」
「うん、じゃあ歌うね」
大きな声で歌っても大丈夫なようにお借りした防音室にやって来た私とラウラ様。
ひとまずは課題曲を歌って貰うことにします。
「~~~~~~~~♪」
「あら、お上手ですわよ。問題なんてどこにも……」
「赤い靴はいてた女の子~♪」
「何故突然赤い靴が!?」
課題曲とは全く関係ない曲が混入してしまいましたわ!
しかも知らない曲!
「異人さんに連れられていっちゃった~♪」
「しかも怖い歌ですわ! どこに行っちゃったんですの!?」
「と、まあこんな感じで他の曲が混じっちゃうの」
「混じった曲の方に気持ちが持っていかれているのですが、確かにこれは問題ですわね」
意識を持っていかれるとは、つまり歌っている最中に他の歌を思い浮かべてしまって、そちらに歌が釣られてしまうという意味だったようです。
『真実の魔法』特有の問題……ですが、この問題を解決するのは難しい事ではないかもしれません。
「ひとまず、曲にのみ集中すればなんとかなりそうですわ」
「そうだね、私もそう思う。だから、しばらく歌を聞いててもらっていいかな? 人がいた方が気が散らない練習になるから」
「かまいませんわ」
ラウラ様は立て直す様に一度深呼吸をすると、再度歌い出します。
「~~~~~♪」
「嗚呼、素晴らしい歌声ですわ。まるで天上からの福音」
「ア~メイ~ジング~グレイス~♪」
「しまった! なんか私の声につられている感じがありますわ! 戻して戻して!」
「船場山には狸がおってさ~それを猟師が鉄砲で撃ってさ~煮てさ~焼いてさ~食ってさ~♪」
「すごいテンポよく狸が食われていきますわ!?」
その後も私はラウラ様が課題曲から逸れるとその都度ツッコミを入れ続けました。
むしろ課題曲よりそっちの歌の方が聞きたい気持ちもあったのですが、今はただ真摯に、ラウラ様のお役に立ちたいという気持ちが勝るのです。
そして一時間後、ラウラ様は不屈の努力の甲斐あって、課題曲全てを歌い切ることに成功しました。
「素晴らしいですわ! さすがラウラ様、常人なら途中で挫折しているところを」
「うん、まあ、楽しかったからね」
「楽しかった?」
「そう、私、昔は大きな声出せなくてさ、歌いたいものがあっても歌えなかったの。だから、こうしてローザに聞いてもらえてとっても楽しかった! ありがとうね!」
「ラウラ様……」
ラウラ様の素敵な笑顔にドキリとしつつも、私はあることを想いました。
もしかすると歌の途中に他の曲が混じってしまう原因は、色々な歌を歌いたいというラウラ様の願望にこそあったのではないかと。
そして、それを私が聞き続けたことで、その願望が晴れた……?
だとしたら、なんと素敵なお方でしょうか。
なんと純真な心、私の薄汚れた心とは大違いですわ。
私のようなものが聞くことで喜んでもらえるのなら、私は永久にラウラ様の歌を聞いていたい。
「ねえ、今度はローザも一緒に歌わない?」
「えっ、い、いいんですの?」
「勿論! でも課題曲だと楽しくないから、他のにしたいな」
「じゃあ、えっと、あの、途中に聞いた『アメイジング・グレイス』という曲を──」
End
著作権フリーの曲で構成したつもりですが問題がないかハラハラしています




