その220 距離感バグのハグ
その後というか後日談。
先日の会話の通り、ジェーンがトラコさんに会うことに大変乗り気だったので、おじ様の封印空間から帰宅した翌日、私はジェーンと一緒にキュブラーのお屋敷に足を運んでいた。
しかし、何やらその道中、ジェーンの様子がおかしい。
どうおかしいのかを口にするのも憚られるくらいなのだけど、有体に言えば──距離がめっちゃ近くなっていた。
もうなんか片腕が抱かれてしまっている。
このままでは私のこの片腕は、生半可な柔らかさでは満足できないものになってしまうだろう。
贅沢者な右腕は持ちたくない!
「ジェーン……? 私の腕を抱きしめても得られるのは私の鼻血くらいのものだよ」
「いえ、その他諸々も得られています」
「諸々とは?」
「ラウラニウムを摂取出来ます。これによりラウラ欠乏症を防ぐことが出来るんです。壊血病の一種ですね」
「そんなビタミンC的な栄養が私の体から……!?」
だとすれば私の体を然るべき研究機関に売り払うことも視野にいれたいところだけれど、そんなわけがない。
明らかなジョークを口にするジェーンの声はいつもより三割増しで楽しそうで、また明るくもあった。
しかしこの謎の上機嫌、一体何があったというのだろう。
そもそもジェーンは距離が近いタイプではない。
奥ゆかしさが彼女には常にあって、大きく主張し過ぎないのが平常運転だ。
少なくとも腕を抱くのは大胆過ぎる……!
「ジェーン、何かあった?」
「うーん、何かあったというより、何をするべきか明確になったと言いますか」
「て、哲学的な話?」
「あと、ここ最近はよく抱き合っていますから、これくらいの距離感じゃないと逆に落ち着けないところありませんか?」
「そこまで距離感がバグることあるかなぁ!?」
言われてみればここ最近は、おじ様までの道中を抱き合って飛び、結界に入る為に抱き合い、ついでに結界から脱出するときも抱き合ってハンマーにぶん殴られたりしていた。
なるほどこれは抱きまくりモテまくりすぎである。
……いや、もしかして最後のハンマー要素のせいじゃないの!?
だって普通抱き合って吹っ飛ばされることなんてないからね! 結界と一緒に距離感も一部壊れてしまったのかも?
「ご安心ください。それくらいで壊れるような私じゃありませんよ」
「うわっ、声漏れてた?」
「はい、少々。それに吹っ飛ばされるのはむしろ楽しかったです!」
「ハートが強すぎる……!」
私は慣れるまでに結構な回数を必要としたと言うのに、幼い頃のやんちゃの分、荒っぽい事には慣れっこなのか、ハンマーくらいでビビるジェーンではなかった。
もしかしてこの子、弱点が人間関係と勉強以外ない…?
いやしかし、あれが原因でないとするとこの距離感の正体は一体なんなのだろう。
「そもそも友達同士はこれくらいが普通なんですよ。むしろ今までが間違っていたのだと、私は主張したいです」
「えっ、そ、そうなのかな? 私、友達がいたこと殆ど無いから分からないけれど、友達ってこういうもの?」
「私も友達がいたことが殆どないので断言はできませんが、友達ってこういうものだと思います!」
「し、知らなかった……そういうものなんだ」
断言しないと言いつつ明らかに断言しているジェーンの言葉を聞いていると、私の方が間違っている気がしてきた。
なるほど、友達ならこの距離感がむしろ普通であり、どぎまぎしている私がおかしかったのか。
言われてみれば世の女子って距離が近いもんね。
友達がいなさすぎて盲点になってたな……。
「それに……こうして何度も触れ合っていくと、好意はより強まっていくと思いませんか?」




