その210 オタクに優しい妹様
「えっ、そんな人いるんですか?」
「頼まれて教えていたんじゃが、なかなか覚えが早いんじゃよ」
「へぇー! お弟子さんみたいなものですかー!」
ナナっさんにそのような相手がいたとは驚きだけど、それなら話は早い! その人に魔法をかけて貰えれば万々歳だ!
……まあ、ナナっさんより怪しい人だと成立しないんだけどね。
「ちょっと呼んでくるから待っとれ」
その言葉を言い切るよりも早く、ナナっさんはその姿を朝霧の様にこの場から消し去り、どこかへと行ってしまった。
学院から遠く離れた場所でも扉魔法で即座に帰還することが出来るナナっさんなので、この屋敷くらいの距離ならご近所みたいなものなのかもしれない。
「怪しいやつだけど魔法の腕前はすごいわ……本当に怪しいけど……」
妹様は消え去ったナナっさんを見て困惑と感動を同時に味わっていた。
実に複雑そうな表情をしている……なんというか、こう、左右非対称な顔だ。
「魔法使いは強い力を持っていれば持っているほど面白い人が多い気はしますね」
「なんだか魔法使いになりたくなくなってきたわ……」
「少女の夢が壊されてしまっている。爆笑」
無表情で爆笑と呟くイブンはシュールで面白いけれど、しかしこれはまるで笑い事ではない。
少女の夢は国宝級に大事にしなくては……! 子供はキャベツ畑で生まれコウノトリさんが持ってくるし、サンタさんも絶対にいる! そう思うことが大事!
この世界でもクリスマスはあるしね?
いやでも性教育も大事だしな…。
さておき、私の知っている大魔法使いの人って、ナナっさんとおじ様の二人である。完全にイメージがその二人で固定されているせいでフォローするのも難しい。
特に片方は世界を滅ぼしても構わない人だからね。
人には優しいけど世界には優しくないんだよね……。
「で、でも、いい人たちなんですよ? 今だって無条件で協力してくれてますし、何より顔が良いです!」
「ラウラって意外と面食い?」
いや顔は関係ないでしょ!とか言われると思いきや、ここは意外と食いつきの良い妹様だった。
まあ女子は何歳でもこういう話題が好きということで。
しかし面食いかと聞かれると少し悩んでしまう。確かに顔の良い人たちが好きなのは面食いなのかもしれないけれど、それでは微妙に誤解を生みそうだ。
「うーん、そうですねぇ……どちらかというと面食われでしょうか」
「どういう状態か分からないわ!?」
悩んだ挙句私の中から出てきたのはよく分からない言葉だった
新概念打ち出してしまった!
「えっと、要するに、顔の良い人たちの威光によって精神を食われてしまっており、もはや逃れようの出来ない状態にあるということです。捕食されているのです。もう両足までずっぷりと沼にハマっているようものなんです。蟻地獄にハマった虫なんです。勿論、顔だけじゃなくその奥深い内面にも虜になっているのですが。というかそちらがメイン……いや、顔もメインなんだよね。ううっ、難しい問題にぶち当たってしまいました! これは難問ですよ! 両方メインという答えが許されないのであれば、ここはやはり内面を重視したいところなのですが、しかし外見は一番外側の内面と申しまして見た目で判断するなという言葉は──」
話しているうちにスイッチが入ってしまった私の無駄な雑談は、その後しばらく続いた。
そして十分後(十分も話すな!)。
「待たせてすまんのー!」
「──この世に生を受けたことが最大のチャンスだとアイルトン・セナが言っているようにですね」
「いや、なんの話をしておるんじゃ」
「あっ、ナナっさん!」
にゅるんと現れたナナっさんの帰還によって私は正気を取り戻す。
ヤバい! 久々に意味不明に喋りすぎてしまった!
これではきっと妹様もあきれ返って……。
「面白い! 面白い話だった!」
「えっ、そ、そうです?」
意外なことに妹様は目を輝かせて私の服をギュッと掴む。
お気に召されている!?
何か面白い話出来てたかな私? ボッチだから多分トークセンスはない方ですよ!
それとも妹様はオタクの会話に喜んでくれるオタクに優しいお嬢様だったり?
「うん、全然聞いたことのない話で新鮮だった! 成功の反対は失敗じゃなくて挑戦しないことなんだね!」
「そんな話しましたっけ!?」
「してたしてた」
思いつくままに喋っていたせいであんまり記憶がない!
そ、そんなかっこいいこと言うかなぁ私?
己の言動に疑問を覚えつつ、帰還したナナっさんに話を戻す。
ナナっさんの右手はまだ移動する前の空間に取り残されたままなのか、すっぽりと無くなっていた。
もしやあの右手の先に目的の人物が?
「それでナナっさん、『素直の魔法』を使える人というのは……?」
「ちゃんと連れてきたぞ。今こうして掴んでおる」
「やっぱりそういうことだったー! 穏便に連れて来たんですよね!?」
「なぁに大丈夫じゃよ。さあ、現れるがよい!」
ナナっさんが右手をずぼっと引き戻すと、そこから人型の何者かが現れた。
それは輝くような金髪縦ロールを風になびかせる麗しの女性。
少し気の強い顔はいついかなる時も私の心を魅了してやまない。
こんなに特徴的で華麗なお嬢様はこの世に一人しかいないよ!
「ローザ!」
「えっ、えっ、ここはどこですの!? 何が起こってますの!! 何故ラウラ様が!?」




