その192 変態よく出来ました
「落ち着いてください。ヤバいくらい混乱していますね。そうですか、気付いてなかったんですか」
我が人生最大のエロ展開に動揺しすぎている私だが、トラコさんもそれは同じなのか少し慌てたようにその体を服で隠している。
逆じゃない? 男女逆じゃない?
まあ、トラコさんの体は芸術品の様に美しく、軽々に見られないものだとは思うけれど……逆に私の体は隠す価値もないと思うので、これが正しい立ち位置なのかもしれない。
「全然、全然全然気付きませんでした! だって絶対私より美少女でしたし!」
「お褒め頂き光栄ですが、貴女も美少女力はかなりのものですよ」
「そ、そうですかねぇ……」
「まあ、私の方が美少女なのは間違いありませんが」
「自負心がすごい!」
自分の可憐さに絶対の自信を持っているタイプの女装男子だ!
ある意味私とは真逆の存在である。
全て真逆にすると私が自分に自信のない男装女子になってしまうので正確には違うけれど。
自分に自信のない男装女子って存在が歪だな……ちょっと見たことがない。
そもそも容姿に自信がないと男装で過ごそうとはならないのかも。
「てっきり唐突にお風呂の話が持ちかけられた時点で、察しがついているのかと思っていましたよ」
「そ、そうでしたか」
「それ以外でいきなりお風呂に誘われる理由が思いつかないというか」
「た、確かにー!」
どうやらトラコさん視点で見ると私は性別を看破した上でお風呂に誘ってきたヤバイ人らしい。
……ド変態じゃないか! そりゃあトラコさんも様子がおかしくなるよ!
明らかに裸目的で近付いてきた痴女だもんね!
なるほどなー、あのトラコさんの動揺は私を変態と警戒したからこそのものだったのか。
だとすると変態申し訳ないことを、いや、大変申し訳ないことをしてしまった。
「か、勘違いさせてしまってごめんなさい! 決して男子の裸目的ではないんです! いえ、あの、男子の裸に興味と感心はあるのですが、今回はそういうものではないと言いますか、勿論女子の裸にも興味はあるのですけど……ああ、そうではなく!」
「ラウラさん、一度落ち着きましょう」
「は、はい」
「落ち着いてお風呂に入りましょう」
「はい……はい?」
落ち着いてなんですって!?
そんなまずは服を脱ぎましょうみたいなこと言われても冷静にはなれないよ?
「何故ここでお風呂に!?」
「いいですか、この世でお風呂ほど落ち着く場所はないはずです。そして貴女はお仕事終わりで汗も大量にかいているはずです」
「それはそうですが……」
「人間の不幸とは空腹と寒さ、そして不潔さからやって来ると私は思います。そのいずれかに当てはまっている状態で物を考えても、考えはマイナスへマイナスへと移ってしまうのです。今、この状況で我々が話し合っても、汗が思考の邪魔をする可能性が高い……よってお風呂に入れば癒されると同時に、精神も健全な方向へと向き直り、きっと建設的な話し合いが可能になるはずです」
こちらの目をしっかりと見つめながらお風呂よりも熱くお風呂について語るトラコさん。
それを聞いていると、なんだかトラコさんが正しい気がしてくる。
なるほど、人はお風呂に入るべきなのか。
「私は目隠ししておりますので、どうぞ」
「えっ、あっ、ありがとうございます……?」
トラコさんはそう言ってシュルっとスカーフを外し目に装着する。
そ、それならまあ、お風呂に入っても大丈夫かな……?
本当に大丈夫?
うん、きっと大丈夫!
そんなわけで結局私は肌着も付けずにお風呂に入り、その横では目隠しをしたメイドさんが立っているという謎の構図が生まれてしまった。
……改めて考えると、どういう、どういう状況?




