その184 鰯の頭
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本来、明確なルールと目的を持って行うのが決闘だけれど、妹様は怒り心頭に発しすぎていて、とてもじゃないけれどそんな悠長なことを聞いてくれそうにない。
よってこの決闘はどちらかが死ぬまで、或いはどちらかの心が折れるまでと言う非常に恐ろしいものになってしまった。
みんなも決闘するときはきちんとルールを設定しておかないと駄目だぞ!
日本は決闘罪があるから決闘しちゃ駄目だけどね!
「初手は譲ってあげるから、さっさとかかってこーい!」
「尊厳なキャラがどんどんボロボロになっていますよ、妹様」
「今から力で取り戻すから黙ってて!」
「思考回路が脳筋すぎますね……」
相変わらずブンブンと両腕を振り激昂している妹様に対し、冷ややかな態度を崩さないトラコさん。
私としてはあのイブンを相手に初手を譲って大丈夫なのかと気が気じゃなかった。
というか、己の力に対する自信がすごすぎる。
様々な失態を帳消しに出来るほどの力、印象をねじ伏せるほどの力、それはどれほどの物なのだろう。
「じゃあ遠慮なく『起き上がれ土壁、巻き上がれ砂煙、汝は意志を持つ磐なり。タイタロムターロス』」
「さすがイブン、迷いが無さ過ぎる……!」
遠慮という言葉を全く知らないイブンは躊躇なく詠唱を開始する。
仮にもこの屋敷のお嬢様相手に、しかも幼子相手にも手を抜かない姿勢はいっそかっこよかった。
そしてこの聞き覚えのある詠唱は……ま、まさか、お兄様のものでは!?
一度この魔法で助けて貰ったことがあったのだけど、まさかコピー済みだったとは!
えっ、ということは私の知らない間にお兄様とイブンが交流をし、あまつさえ魔法を教え合う関係にあったってこと!?
「うわーーーーーーーーーー! そんなのめちゃくちゃのくちゃくちゃに見たかった! 見たカッターヨー! み、見逃しちゃうなんて、そんなぁ……嘘でしょ……こんな超重要イベントを見られないだなんて、私は何のためにこの世界にいるというの? 信じられない……お兄様とイブンは私一押しの、いやさ、一推しのコンビなのに、その名シーンを見逃がしてしまった……これは引きずる。一か月は引きずる。これがかつてビデオでしか録画できなかったオタクの悲しみだと言うの? 野球中継でズレる苦しみだと言うの? くっ、まさかこんなに辛いものだったなんて。これは間違いなく一生の不覚! ラウラ一生の不覚です! くそぅ~、今後はこの不覚を深く反省し俯角的に改善していかなくては!」
「何やらとんでもない速度でブツブツと呟いていますが、魔法が放たれましたよ」
「あっ、そうでした!」
お兄様のこの詠唱は地響きと共に地面から岩を出現させる魔法である。
前回は壁となり私たちを守ってくれたのだけど、今回、妹様の足元からドゴーンという轟音と共に出現したのは、如何にも攻撃的な棘の塊であからさまに殺意が高かった。
妹様の姿は土煙によってすぐに見えなくなってしまったけれど、あれではとても無事で済むとは思えない。
も、もっと優しい魔法をお願いできませんかねぇ!?
「綿とか出して! 綿とか!」
「決闘中に綿を出す方が不気味な気がしますが……大丈夫ですよ。ほら」
トラコさんの指さした先で、土煙が晴れていく。
晴れた先にあったのは──傷一つない綺麗な姿で、堂々と仁王立ちをする妹様だった。
その真っ赤な服にさえ汚れ一つ付いていない。
い、いや、どんなに強かろうと服は汚れるものでは!?
土煙の中だよ!?
「あれが妹様の魔法です。その名を『信じる魔法』と言います」
「し、信じる魔法?」




