その170 甘やかされスタート
新学期、それは誰もが新しくなれる時期。
遅すぎるということはない! 誰であっても、何処にいても、これをきっかけに変わることが必ず出来るはず!
……と言うのは前世の私が持っていた事実に基づかない願望であり、人間、そんな簡単に変われるものではない。
前世の私はこの時期になると毎回無口を治そうと必死になっていたのだけれど、結局、人見知りでコミュ力皆無という己を変えることは出来なかった。
世界が変わっても、ラウラ・メーリアンという悪役令嬢になっても、魔法学園に入学しても変わらなかった私なので、新学期程度の変化では不足だったということなのだろうけれど。
そんな無口な私は今……むしろ無口を維持するためにお喋り出来なくなる魔法のマスクを装着し、歴史の授業を受けている。
これではあべこべだ! 私はお喋りするために頑張っていたはずなのに!
いや、授業中のお喋りは勿論駄目なのだけれども!
したいけどね!? 友達と授業中にこしょこしょ話は!
でも駄目! 迷惑なので!
頭の中だけ騒がしく、表では静か……ずっと変わることが出来なかった私のこの二面を一変させたのは『真実の魔法』という恐るべき魔法だった。
嘘がつけなくなるというこの魔法は、同時に黙ってもいられなくなるという効果があり、結果、私は否が応でも話さずにはいられなくなってしまったのだ。
私という存在を変えるためにはこれくらいの荒治療でなくては駄目だったのかもしれないけれど、それにしたって荒過ぎる!
そんなわけで、ひょんなことからこの魔法をかけられた私は、もう人生そのものが変化してしまい風変わりな日々を過ごしている。
推しに囲まれるという健康に良く心臓に悪い日々なのだけれど、その上世界の命運とかが私のちんまい双肩に乗っかったりして、事態は異常も異常、大異常。
けれど頑張らなくてはならない! 推しの住む世界の為にも!
なんか次の世界の危機候補にはドラゴンが関係しているらしいし、気合を入れなくては!
そんな志を持ちつつも、本日のミッションは無事授業を受けきるというものなのでした。
……地味!
★
「とりあえず無事受けることは出来ました!」
「授業をちゃんと受けられて偉いわ~、よしよし」
放課後、寮の自室にて私は幼女のニムエさんに今日あったことをつらつらと話していると、頭を撫でられつつ褒められてしまいました。
幼女に頭をなでなでされるととんでもない快楽物質を脳内に生成できるという研究結果が、今、私の脳内で証明されている!
やはりママ味ある幼女は最高! ママは幼女に限る!
「ヤバいこと言っているわね~」
「おっと漏れ出していましたか……でもこれは、私を甘やかしすぎるニムエさんが悪いので」
「ええ~? でも~、ラウラちゃん可愛いし~、そして滅茶苦茶偉いじゃない~?」
「授業を受けるだけでここまで褒められるの最高すぎるでしょ」
この世全ての人たちに……いや、あらゆる世界で苦しんでいる人たちにニムエさんを支給してあげたい。
学業に、そして仕事に勤しんだ人たちを幼女が褒めれば、きっと救われる人も多いはず……!
一家に一台、ママ幼女が必要な時代なんだ!
「あの、ラウラ様、1ついいですか?」
「なにジェーン?」
自分のベッドに腰かけてこちらを微笑ましそうに見ていたジェーンは、そのふわふわの栗毛をモフモフさせながら話しかけてくる。
自分の髪を自分で触るジェーンの仕草は、ちょっと不安な時のジェーンの癖である。
もうルームメイトになって長いので、これくらいの心情は読めるようになってきた。
「ニムエさんって……こ、この部屋に住んでいるんですか?」
「えっ、そうだよ?」
「ど、どこに住んでいるんですか!?」
手をワナワナとさせるジェーン。
そうだよね。知らないと幼女が自分の部屋の何処かに潜んでいるという事になるから不気味さがすごいよね。
すっかり説明を忘れていた私も私だけれど、なんか自然とそこにいて、しかも説明せずに住み着いてしまうニムエさんもニムエさんである。
「安心して~、ちょくちょく夢の世界に帰還しているから~、いつもここにいるわけではないわ~」
「ではいるときは何処に……?」
「そこよ~」
ニムエさんが指差したのはクローゼットだ。
ジェーンが恐る恐る開けるとそこには……敷き詰められた毛布が!
「ここで寝ているんですか!?」
「驚くよね。私、最初クローゼット開けてニムエさんが寝ているの見た時、興奮したもん」
「驚いてないじゃないのそれ~」
「い、いや、あの、も、もっと健康的な場所で眠りましょう?」
ごもっともすぎる意見がジェーンから飛び出した。
うん、なんか……狭い場所に押し込まれて幼女が寝ているのって絵面が犯罪なんだよね。
でも、これは本人が望んでのことなので……!




