その16 自室とメイドと
ジェーンのためのイベントスチルを図らずも奪う形になってしまい、大大大反省していると、ぱたぱたと忙しない足音を響かせジェーンが戻ってきた。
そう、本来なら先程のセリフはジェーンに向けられるはずのもの……!
それを木端のオタク女が横取りしてしまうとはなんたる大罪!
傲慢強欲嫉妬憤怒色欲暴食怠惰の七つの大罪に続く八つ目になり得るレベル!
その罪名は螺裏!
ちょっとありそう!
「ジェーン! ごめんねぇー! でも、相手が誰であれ全力で応援してるからねっ!」
「え!? よく分かりませんが、ありがとうございます……」
よく分からなくても感謝してくれるジェーン。
ううっ、いい子過ぎて罪悪感が加速する!
「女子の園では僕は無力ですので一度生徒会室に戻りますが……必要があればいつでも呼んでください」
「は、はい! あの、ヘンリー! 今日は本当にありがとうございました!」
「最終的に敬語に戻ってしまったのが気になりますが、まあ、今日のところは良いでしょう」
「あっ、う、うん、そこは要努力ってことで……」
ヘンリーには特有の王子オーラがあって、私のような平民はついつい首を垂れてしまうところがある。
いや、まあ、一応、ラウラ・メーリアンは貴族だけどね?
悪名高いけども……。
でも、心は平民なんだよ!
それに男の人と会話ってほとんどしたことがなかったので、ついつい弱気になってしまう部分がある。
男性はほぼ未知の生き物に近い。
そう考えると頑張ってる方だよラウラ・メーリアン!
「それでは失礼します」
一礼すると、さわやかな風と共にヘンリーは学院に戻っていった。
冷静に考えると今は生徒会に彼一人残されている状況で、かなり苦労していそうに思える。
そんな中、時間を割いて助けてくれるなんて、私の推し……善人が過ぎる!
お兄様との約束を堅く守っていると思うと、更に私のオタ心が沸き立つのだった。
私を踏み台にどんどん尊くなってくれ……!
「それではラウラ様、行きましょうか」
「うん……というかジェーン、荷物少ないんだね」
ジェーンが急いで自分の部屋から持ってきたのは少し大きめの手提げ袋一つだった。
両手でしっかりと握られているものの、あまり詰め込まれているようには見えない。
「私、物をあんまり持たない方なんです。服もそんなにはありませんし、教科書類が一番重いくらいです」
「あっ、そういえば私、部屋のお片付けしてない……!」
「お掃除得意ですから任せてください!」
「いやいやいやいやいや! それは流石に!」
推しに自室を掃除されたのではオタクも堕ちたものである。
いや、でもなんか将来的にそんなグッズ売り出されそうな気がするな……。
推しの声でしゃべるお掃除ロボとかどうだろう……ほ、欲しいかも!
逆に掃除したら褒めてくれるCDとかもいいな……。
「そ、そうですよね、ラウラ様にもプライバシーがありますし……」
「ううん、大した物は何も無いんだけどね!」
ジェーンが現代風に言うと物を持たないミニマリストなのと同様に、私もあまり物を持つ方ではない。
生前もグッズなどは棚にしまうことが多かったので、ぱっと見は綺麗だった。
この世界に生まれ変わって私は幸せだけれど、アニメ漫画ゲームが存在しないことは非常に悲しい。
我が生きる糧が……!
そして唯一の趣味が!
趣味を持たざる者は老後に苦しむと聞くので我が事ながら心配だ。
あまりにも辛かったので画材を購入して自給自足しようとしたこともあったんだけどな……、
うん? 待てよ……。
「そうだ! 絵を描いてるんだった!?」
「ラウラ様、絵をお描きになるのですか?」
ジェーンがこてんと首を傾げて私を見つめる。
か、描くというか落書きをばら撒くというかそんな感じのことはしていた。
「い、いや、全然本格的には描いてないんだけど、すっごい雑なのはあって、それは片付けさせて!」
「りょ、了解しました」
すごい勢いで捲し立てる私に圧倒されて、ジェーンはやや後退する。
そうだそうだ絵とも言えない落書きを適当に置いてたんだった!
あれは片付けないとヤバい!
それは少し前のことである。
あまりにも退屈だった私は絵を描こうと思いたち画材を買ったは良いものの、生前はもっぱらデジタルで描いていたので、いざアナログで描いてみると難易度が極高すぎて挫折したのだった!
しかし、捨てるのなにか勿体無くて、一応残してしまったのだ。
なんですぐに捨てないかな私!
残すような出来じゃなかったでしょ!
戻るボタン無しで絵を描く技術が私にはない……!
レイヤーも欲し過ぎる!
というか現実に欲しい機能がお絵かきには多過ぎるよ!
悲しいかな、デジタルに慣れすぎたオタクが異世界に来た末路だった。
ジェーンを長々と待たせるわけにもいかないので、私は部屋に入ると早速黒歴史を葬ろうと絵の入った箱に手をかける。
すると、突然、背後から音がした。
一瞬、待ちきれずにジェーンが入ってきたのかと思ったけれど、そんなことをする子ではないのは分かっている。
というか、そんなことをするのはこの世界ではナナっさんくらいのはず。
音は使用人室の方からしていて、わずかに人の気配も感じ取れた。
ぼっち特有のパーソナルスペースに人がいることへの警戒心が役に立った!
でも、警戒する必要はあまりないかもしれない。
勘の悪い私でもその音の正体には察しがつく。
ナナっさんでしょ絶対!
そうじゃなかったら不審者だもん!
……いや、冷静に考えると、ナナっさんだから不審者にならないという理屈はないはずなのだけど、推しなのでセーフ!
推しセーフ理論を今後は広めていきたい!
「ナナっさん? いるんですか?」
尋ねながら使用人室の扉を開ける。
しばらく開けていなかったその扉はやや重く、そして部屋は埃っぽかった。
そしてそこにいたのは……世にも美しいメイドさんだった!?
何故メイドが!?
いや、メイドさんのための部屋だけども!
混乱しつつも、メイドさんをじっくりと観察してしまう私。
メイド服が好きすぎてつい……。
メイドさんの着ているゴシックなメイド服を彼女は上品かつ優雅にこの場を彩っている。
そして頭部にはお決まりのキャップ……ホワイトブリムが備え付けられている。
メイドさんは輝くような金髪だった。
絹のようになびき、くるりと回転が加えられていて、ドリルのような形をとっている金髪縦ロールというやや変わった髪型。
メイドらしからぬ豪奢な見た目と、メイドに相応しい落ち着いた雰囲気。
私は彼女を知っている。
彼女の名前はローザ・アワーバック。
私に『真実の魔法』をかけた彼女が、何故か私の部屋でメイド服を着て存在していた。
えっ、メイドさんローザじゃん!?
ゆ、夢?
もしくは超低確率で発生した蜃気楼?
「なんじゃ帰ってきてしまったか。驚かせようと思ってたんじゃが」
呆然とする私に対して、天井から声をかけてくるのはナナっさんである。
あっ、どうせナナっさんでしょって部分はあってたんだ!?
「ナナっさん!? あ、あのあのあの、どうしてローザがここに!?」
「それはわたくしから説明致しますわ」
ローザは優雅な動きで私に深々とお辞儀をすると、真剣な顔でこう言った。
「決して許されないことをしたわたくしは、一生をかけてラウラ様のしもべになりにきたのですわ」
「し、しもべー!?」
僕と書いてしもべと読むあのしもべ!?
僕は僕だという一見、詩的に見えてその実ただの奴隷宣言な文章を作ることができるあのしもべ!?
むしろ私が推しのしもべみたいなものなのに!?
混乱に混乱を重ねた思考をよそに、話は続く。
ど、どうしてこんなことに?
お絵かきド下手ですがそれでもデジタルの偉大さは感じます!




