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その97 原因の消失


「はい、始めてください」


 女性教員の声と共に、イブン一人だけが席に座る教室で試験が始まる。

 私はその光景を窓の外から眺めていた。

 『真実の魔法』が有効な時だと答えを言いかねない危険性があるので、近寄ることすら避けるつもりだったけれど、今はそんな心配もないで、開始の瞬間だけは見守ることにしたのだ。


 当たりは静寂に包まれ、ただペンを走らせる音だけが響く。

 思えば、こんな静寂も久しぶりかもしれない。

 『真実の魔法』を掛けられてから今日まで、ずっと騒がしい日々を送っていたからなぁ。

 ……主に騒がしいのは私なのだけど。


「何とか間に合ったようだな」

「ひゃほっ! お、お兄様!?」

「頑張った甲斐があったぜマジで」

「グレン! 二人とも無事で良かった……」


 どうやらローブの男たちとの一戦を終えたらしい二人は、少し煤のかかった制服で現れる。

 いや本当に無事で良かった! 

 泉の効果で大切なものを失うと聞いていたので、私の大事な人たちに何か起きていないかずっと心配だったのだ。

 胸を撫で下ろす私だけれど、しかし、そうなると本当に何を失ったのか謎過ぎる。

 他のみんなの無事も確認するべきなのかな……。

 

「あの、お兄様、お話ししたいことが……」

「なんだ?」


 事態をまだ把握できていないであろうお兄様に、私はここまでの経緯を話さなければならない。

 ただ、物凄く気が重かった……あの後、瓶のことをお兄様に話したら絶対飲まないようにって言明されていたので、それを破る形になってしまい非常に心苦しい。

 それに、今の私は自分の意思で言葉を紡いでいかなければならない。

 今までの勝手に口が喋ってくれるものとは話が違うのだ。


 嗚呼、昔から続く私の口下手がついに表に!

 ……あれ、昔からって、いつからだっけ?

 いや、それは幼少期からずっとに決まっている。


 おかしい、何でこんな当たり前のことに私、疑問を持っているのだろう。

 謎の疑問にむしろ疑問を覚えながらも、何とかお兄様に今起きていることを話すと、お兄様は厳しい顔でじっと虚空を睨む。

 そして私と同じように首を捻るのだった。





「それで、体に異常はないか?」

「はい、嘘が付けるようになったくらいです」

「ってことは『真実の魔法』が解けたってことか! めでたいじゃねぇか」

「いや、必ず代償はあるはずだ。しかし、それが表にないというのは不可思議だな」


 お兄様は私をジロジロと見つめながら、異常のないことの異常さ、その理由を考えている。


「私も何かあるとは思っているのですが、全く思い当たらないんですよね」

「……ちょっと変なところはあるぜ」

「えっ、グレン、何か思い当たるの?」


 私もお兄様も仲良く同じ方向に首を傾けて悩んでいると、グレンが何かに気付いたようなこと言う。

 全く何の異常もなくて、むしろ日常感が凄いのだけど、何が変なんだろう。


「ラウラ、お前って魔法なしでそんなに話せるやつだったか?」

「はい? ……あれ、そういえば話せすぎてる!?」


 その指摘に思わず私は口を押えるけれど、な、なるほど凄い口がスムーズに動いている気がする。

 前の私では間違いなく不可能だったことだ。

 でも、それはまあ、成長というものなのでは?


「『真実の魔法』で話すことに慣れたんじゃないか?」

「そういうレベルの口下手じゃなかった気がするんだよな。前は本当に無言だったじゃねぇか」

「ふむ……言われてみれば、態度も何処か余裕があるように見える」

「それもある。いつももっと余裕のない顔してるよな」

「私ってそんな感じですか!?」

 

 もはや口調だけでなく態度まで怪しまれていた。

 普通にしてるのって、そんなに問題視されるもの!?

 

「私とて成長くらいするのでは!?」

「いや、異常事態だろ」

「そこまで言う!?」

「そもそもなんであんなに無口だったんだ?」

「それはですね! ……あれ、えっと……り、理由はあるんですよ! あるはずなんですが……」


 私が口下手に、無口に、無言になった理由は確かに存在していたはず。

 だけど、何故だろう、全く思い出せない。

 思えば生まれた時から今日までずっと無口だった気がするのだけど、それはどうして?


 考えているとどんどん頭の中が重く、そしてグシャグシャになっていく。

 しかも、今こうして思い返している瞬間ですら、どんどん幼い頃の思い出が消えて行っているような……。

 

 あっ、も、もしかして失ったものって、きお──!

 そこまで思い立ったところで、私の思考はプツンと途切れるように白くなり、後には強烈な眠気が襲い掛かってくる。


「す、すいません……一度、眠ります……」

「この状況でか!? 大丈夫かよ!」

「瓶の影響かもしれない」


 二人の心配するような声を最後に、私の思考は完全に途切れた。

 お、おやすみなさい~……。


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