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4、コンビニ
「兄さん、兄さん、兄さんの兄さん」
「……それじゃあ、俺は弟になっちゃうだろうが。俺に兄妹はお前一人しかいねえよ……」
学校の帰り道。
今日も京華はボケにボケまくっていた。
もう四時過ぎだっていうのに、夏の日差しはじりじりと俺の肌を小麦色に染めようと、目一杯照り付けている。
本当に夏は煩わしい。
その夏の日差しに負けず劣らず、煩わしいボケをかましてくるのがセーラー服に身を包む俺の妹、京華であった。
「さて、兄さん。私は今、何を食べたがっているでしょうか?」
「んなもん、わかるか」
「おっと、おでんではないですよ?」
「──お前は誰と会話してんだよ!? 怖えよ!」
「よかったじゃないですか、ただで涼しくなれて」
ニコリと笑う顔はとびきり可愛かった。
隣を歩く俺の妹、京華は今日も美少女だった。
日本人離れした容姿にスタイル、とても中学生には思えない。
隣を歩いていると、男どもからの嫉妬の目線が煩わしい。夏の日差し、男どもの嫉妬、そして京華のボケ。
つまりトリプルで煩わしいのである。
「……よかねえよ。それに恐怖でゾッとして暑さを忘れるとか俗説でしかねえからな」
「俗説っていうのは、兄さんの言動のことですか?」
「──お前は俺の言動に一切の根拠がないのかよ!?」
「はい」
「──何力強く頷いてんの!?」
自信満々に頷く京華。
全くもって兄に敬意を感じない。
「私の食べたいものは何と『チョコレート』でした! パチパチ!」
「──脈絡もなく勝手に話を元に戻すな!」
「それで兄さん。あそこに見えるコンビニでチョコを買ってください。そして私にください」
京華の指をさす方向には、青と白のマークが目印のよく見かけるコンビニがあった。
「……買ってくださいってお前、お小遣いはどうしたんだよ……?」
「……お小遣いとは貰ったその日に使い切るものではないのですか?」
「──考えなしにも程があるだろ!?」
「兄さん、人生は短いのです。いつ死ぬかわからないのが人生。それなら私は今、この瞬間に全力を注ぎたいのです!」
「──なんかいいこと言ってるっぽいけど、お前はただの一文無しの無計画なだけの奴だからな!?」
ふふんと中学生にしては大きな胸を張って威張っている京華。
全くもって威張れる要素は一つもないのに、こうして根拠もなく威張れるのはそれはそれで才能なのかもしれない。
「さて、兄さん。私がコンビニに入りますよ〜。ウィーン」
「──コンビニの自動ドアの前で自動ドアの開いた時の擬音語を使うな!?」
「はあ〜、涼しい〜」
「──人の話を聞け!?」
俺の言葉を全く意にかけず、スカートを翻しながらスタスタとコンビニに入っていく。
そして一直線に向かっていったのは、中央の列に陳列してあるお菓子コーナーだ。
チップス系やガム、ビスケットにドーナツと様々な種類のお菓子が所狭しと並んでいた。
その隣にはアイスコーナーがあり、俺はどちらかといえばそっちの方が気になったりもした。
(しかし俺はあまりコンビニでお菓子は買わないからなかなか新鮮なものがあるな)
それで京華はというと、お菓子コーナーのチョコゾーン。
そこで両手に商品を握りしめ、何やら、検討中の様子であった。
「おい、京華。あまり高いのはダメだからな」
「兄さん、私の金銭感覚だと、お菓子は全然高い部類には入らないので全部買ってもいいですか?」
「──言い訳ないだろうが!? お前の金銭感覚は一体どうなってんだよ!? ずっと一緒に暮らしてきた俺と何でそこまで違ってくるんだ!?」
「これは美少女として、この世に生を受けてしまったが故の定め。この世界の常識として美少女に生まれてきた女性は全て金銭感覚が狂ってしまうのです」
「──適当なこと言ってんな!? ただお前がお菓子を買いたいが為に全世界の美少女を巻き込むんじゃねえ!?」
「あっ、兄さん。このダ◯スってチョコは一つ食べたらダー◯じゃなくなるんですかね?」
「──話を聞いてない上に、どうでもいいことを聞いてくんじゃねえ!?」
俺のツッコミなど、まるで気にせず京華はチョコの品定めを始めている。
あっちのチョコを見ては悩み、こっちのチョコを見ては、悩みを繰り返している。
「……京華、お菓子は三百円までだからな?」
「──三百万円!?」
「……いや、三百円だよ」
「──遠足のお菓子の値段かっ!」
「──知るか!?」
急に俺の胸にやんわりとツッコミを入れる京華。
「……しかし、兄さん。三百円だとキリがあるいので、四捨五入してここは千円にしませんか?」
「──四捨五入をしろや!? ちゃんと五未満を切り捨てて、五以上を切り上げろ!」
「──兄さんは! 兄さんは、今まで散々切り捨てられていった五未満の数字たちの事を何とも思わないのですかっ!!」
「……お前にとって五未満の数字ってどういう立ち位置なの……?」
京華の価値観がよくわからない今日この頃。
「さて、千円でどのようなお菓子を選んだものか……悩ましい」
「……勝手に千円にしてからに……」
「さすがは兄さん。諦めが早いですね」
「──それ褒めてないよな!?」
「いやいや、何を言っているんですか。滅茶苦茶褒めてますよ。そもそも諦めるという言葉を兄さんは悪い意味で捉えすぎです」
「……おおう」
急に真面目な表情で教鞭をとるように、人差し指をピンと立てる。
「いいですか? 日本人の多くは『諦める』と言う言葉を放棄、断念、ギブアップなどと、マイナスのイメージに捉えすぎです。漢和辞典を見てください。『諦』を調べると全然悪く書いてないですから」
「……へ、へえ、そうなのか」
たまにこう言った知識を披露するんだよなあ、京華は。全く勉強している素振りを家では見せないが。
「つまびらかにする──など『諦』の意味はとても素晴らしいものなんです。それに仏教語でしたら『サティア』の訳語として真理、悟り、真実を意味するとても良い言葉何ですよ?
」
「……なるほど」
京華は凄まじい饒舌で話している。
……こいつはたまにこういうことがあるんだよなあ。
そしてゆっくり言い聞かせるような口調で話す。
「そして『諦』の意味は『明らか』に近いんです。物事の真実の姿、有様を明らかにして初めて諦められる。つまり何が言いたいのかというと私は『諦』という言葉を使って兄さんを貶したのではなく、褒めたというわけですよ」
「……そうだったのか、それはまあ、勘違いしてわるかったよ」
……何だ、そうだったのか。しかしこうして褒められるのには慣れていないから、なんだか照れ臭いな。
「だからさっさと諦めて、私に二千円分のお菓子を買ってください」
「──どう考えても悪い意味で諦めるを使ってんよなあ!? あとさらっと千円増やすな!?」
「よしっ! 決まりました。これにします」
「……お前の耳は自分の都合の悪いことは一切聞こえないようにフィルターでも入ってんのか」
「ほら、兄さん。お会計行きますよ! 三千円三千円!」
「──何またさらに千円増やしてんだよ!? そんなに買えるわけねえだろうが!!」
「ほら、もうレジの順番が来ちゃいましたから兄さん、ハリーアップ!」
いつの間にかに、レジに移動していた京華。
……もう本当にこの妹には手を焼かされっぱなしである。……くそっ、俺の小遣いだってそう多くはないんだぞ。
しぶしぶレジへと向かうと、ニコニコ顔の京華が待っていた。
……やっぱり美少女というのは卑怯だと思う。こうしてこんなに可愛い笑顔を見るとさっきまでイラつきがすぐに引き、和んだ。
……美少女の笑顔にはマイナスイオンでも出ているのだろうか?
「お会計三百円です──」
コンビニの店員さんの声。
その声を聞いて思わず、顔をあげた。
「……あれ? 三百円?」
「あれ、兄さんは何故そんなに不思議そうな顔をしているんですか? もしかして本当は三千円分お菓子を買ってもよかった感じですか?」
「……………………」
ニヤニヤと笑いかけてくる京華。
手を口元に当て、プククとムカつく笑いを見せる。さっきの笑顔とは大違いだ。
「初めに兄さんが三百円と言ったじゃないですか。何をそんなに驚くことがあるんですか」
「……まあ、それはそうなんだが……だってお前が三千円分とか言い出すから」
「ほらほら、良いですから。ここで話していたらあとが使えちゃいますよ? 三百円ください、私がお会計しますから」
京華に急かされ、財布から三百円を取り出すと、京華に渡す。
京華は会計を手早く済ませると俺と一緒に、コンビニから外に出た。
ムワッとした湿気に夏の日差しが合わさって、またコンビニの中に戻りたくなる。
「うわ、すごい湿気ですね。」
「そうだな」
日本の夏の湿気にうんざりしつつ、俺と京華は隣り合って、家に向かって歩き出す。
暑さのせいか、少し無言の時間が続いた。
このまま家まで何も喋らないのは何だがムズムズするので何か適当な事でも話題にするか。
「……ところで京華、結局何を買ったんだ?」
京華から目を離した隙に、もうレジへ向かっていたので俺は何を買ったのか、全然見ていなかった。……まあ特に興味もなかったからな。
「えっとですね〜」
わざわざエコバックを持っている京華。
可愛らしい猫がプリントされたエコバックから取り出したのはアイスだった。
しかも、二人で分け合うタイプのアイスだった。
「……何でアイスを買ったんだ? 京華はチョコが食べたかったんじゃなかったか?」
「──チョコはほら、溶けちゃいますから!」
「……いや、アイスの方が溶けると思うんだが……?」
「──ま、まあ! 良いじゃないですか! ほら、早く食べないと溶けちゃいますよ!」
京華は何だか慌てた様子でアイスを二つに割った。
……しかし何だか、整った顔にさっと朱が入っている気がする。何を恥ずかしがっているのだろうか。
俺は京華からアイスを受け取ると、それを口に運ぶ。……やっぱり夏の暑い日に食べるアイスはまた格別だな。しかも下校中というものまたそれを引き立てる。
「兄さん、美味しいですか?」
「ああ、うまいな」
「それはよかったです、アイスを選んだ私に感謝しても良いんですよ?」
「……俺の金だがな」
「ふふ、そうでしたね」
口にアイスを加えながら、微笑む京華は誰もが見惚れるように綺麗だった。
これが俺達、兄妹の日常だ。