62)9歳 13月1日 アヴィンとの相談
「だからあの人と別れたんだよ」
「ああ、そうか」
今俺は実家でアヴィンと話している。親父と母さんは野良仕事だ。
そしてアヴィンのいままでの話を総合すると、鍛冶の師匠の娘さんはアヴィンが清酒と質の良いコメ粉を持ってくるのでアヴィンがいいところの坊ちゃんだと思ってたらしい。で、実際はここセージ村の普通の平民とわかると急速に熱が冷めた、と。アヴィンも相手が師匠の娘さんだったので慎重にお付き合いをしてて、手を握るとこまでしか進んでなかったらしい。ちょっと信じられなかったよ、チューもしてないなんて。なんでヤマトがわかるんだよ。わけわからん。
「だいたい王都に行きたいって、鍛冶職の駆け出しが人伝も無しにやっていけるわけがないのに。それになぜかブロガンとも比べられてさ。王都に行けないならせめて王子港に行こうとか」
あー、その子は多分妹に対しても対抗心を燃やしちゃってるな。それにプロガンも羽振りが良くなってるから、確かにいいところの坊ちゃんと思われても不思議ではないか。
「あー、まあ気にするな。お前ならいい出会いがそのうちあるよ」
「兄貴はもう結婚してるからそんなことが言えるんだよ。大体なんで兄貴がボウアと結婚してんだ」
ヤマト、うるさいぞ、俺が結婚できてるのは不思議じゃない。
「いや、何言ってんだお前、それは俺が付き合ってくれって頼んだからに決まってるじゃねえか」
「ああ、まあ」
だまったなコイツ。まあいい。いい頃合いだ今日家に帰って来た要件を片付けるか。
「コホン」
言いたくないな。
「俺は税金兵になる」
「はあ?!」
「だから俺は税金兵になるって言ったんだよ」
「聞こえてるよ! 知りたいのはなぜだってことだよ」
「水が無い」
「へ?」
ああ、まあ最初から説明しないといけないか。
「だからな、あの丘の向こうには川がないんだよ。雨季には出来るが乾季にはないんだよ」
「何言ってんだよ兄貴、あそこに行く前にちゃんと小川があったぞ」
「ああ、こっち側にはあるんだが、海側にはないんだよ」
「じゃあ、なんで水があの樽にあったんだ?」
「あれはサヒットが樽を作ってくれた」
あ、なんかわかってないみたいだな。あ、そうか家で説明してたのをちゃんと覚えていないのかもな、ありがとうヤマト。
「で、その樽に雨水を貯めてるんだ」
あ、これで腑に落ちたって顔になったな。
「そして、前に短い乾季ではあの樽十二個に水が一杯に入ってて、ほぼ雨無しでもなんとかなった。でもな今回は11月と12月、そしてこのあと四か月も乾季が続く。無理なんだ」
「でもなんでそれが税金兵になることになるんだ」
「俺はすでに村長とあの土地を貰い受ける契約を交わした」
ああ、そうだよ、あの唾をペッとした握手だよ。だから正式な場合は血を使って文書に親指のあとを付けるんだよ。そうそう、血判ってやつだな。それは今はどうでもいいだろが。
「そんでその前にはこの土地はお前にやると親父にも言ってある」
「なんで、俺に聞かないでそんなことを」
「いや、あの時お前は俺と話してくれなかったろうが。いつもブロガンとどっか行ってたろ」
「う、まあ」
「だからな、俺は税金兵になる。なればなっている間は税金を払わなくても済む。俺と結婚しているボウアも払わなくても済む。そしてその間の給料は全部ボウアに送る。そうすれば親子三人で暮らせるくらいの金はできる。あとボウアも実家で暮らすことが出来れば子供達もノーラさんが見てくれる」
と、思いたいが。まあノーラさんが無理でもお義母さんもお義父さんもいるしな。
「その間ボウアなら絶対に機織りをしてお金を貯めてくれる。だから俺の兵役が終わって帰ってくる頃にはどこかで再起を果たすための資金もあると思う」
まあ、これもボウアが俺に愛想を尽かせて離婚しないと言う大前提があるがな。言うなよ、それは言うなよ。だからなんで再婚って言うんだよ!
「だからな! 俺は税金兵になるんだよ」
兵舎での飯は不味いだろうな。悪いなヤマト、フフッ。しかしまあ、お前がこの案に賛成してくれるとは思わなかったが、最初から賛成してくれてるからな。お前はいい奴なんだかいやな奴なんだか。
「そんな」
「まあ心配するな。なったとしても今は平和だ。戦争なんてないし、兵役を二年、まあ長くても四年勤め上げればなんとかなるだろう」
そしてここからがもう一つの本題だ。
「でだ、お前はこの土地をいずれもらう。親父も母さんも頑張ってこの土地をしっかりとコメと収入を得られる土地にしてある。だからな、お前はコーラさんと仲直りしろ。いいかこれだけはしてくれないと俺が不安だ」
コイツは全然農業のことしらないからな。まあ鍛冶を辞めて農業に専念すれば親父の跡を継げるとは思うが、それではせっかく鍛冶職人として一人前になった意味がない。
「飯は家で手に入るだろ、だから当面はコーラさんの工房を貸してもらうだけでいいんだ。あの人の食い扶持を取らなくてもいいんだ。ただお前の鍛冶の腕前を損なわないように適時に仕事をしろ。そうすればいずれあの人が引退したときにその時の村長がお前をこの村の鍛冶師に認定するだろ」
コイツは子供の時から鍛冶やりたいって言ってたからな。それにコーラさんには未だに弟子はいないからな。ああ打算だよ、悪いか?
「だから絶対に仲直りしろよ」
「あの人とは出来ないと思う」
「いいからちゃんと話し合え。俺なんかこの前あの人に子犬をもらったぞ」
だから無口だけど悪い人ではないはずだ。へ、お前はひねくれてるな。ポチはいい犬じゃないか、だからまあ悪い人ではないと信じたい。
「犬? なんで」
「それはいいんだよ、仲直りって言ってるがとにかく村でお前が鍛冶職としてやっていけるようになれっつってんだ」
「うるさいな、当たり前だろが。そんな事は兄貴に言われるまでもねえよ」
これで俺も重要な事はアヴィンに伝えた。あとはまあ、家に帰って兎や鶏たちをサヒットに渡して機織り機の返済に充てるか。かなり返せるからな。ああ、ポチとシロはわからん。ボウアに任せよう。多分娘たちの遊び相手として欲しがるんじゃないか。いいじゃん、ワンちゃんたちが残るなら。それ以外にも家にあるコメとかもボウアの実家に送らないとな。
親父たちには話さなくでもいいのかってか? うーん、多分いいだろ。俺も成人だよ。子供のケツを拭くのは親の務めだが、それも子供のうちだけだよ。俺はあそこでもなんとかなるかなと思って試してみたけどダメだったってだけだ。そうだな賭けだったな。まあ、そう言うなよ。何もこれで終わりじゃない。税金兵になったって人生が終わったわけじゃない。まだまだ若いぞ、十歳になってないからな。うるせえな、確かに兵役が終わったらおっさんかもな。
うわあ、帰ってきて娘たちに「おじさんだれ~」とか言われたくねえな~。
そして俺は夕焼けの下トボトボと家路についた。引っ越してからちょうど一年が経った日だよ。アヴィンとも色々と話したが、今日の事で一番記憶に残るのはおそらくボウアの実家の前で双子を抱えて絶対に泣かないって顔して俺にさようならと言った妻だろうな。