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52)8歳 3月2日 機織り機

 ドン! ガラガラガラ。


「あああ!」


「なんだどうした!」


 北西の機織り機のある部屋に慌てていくと妻が床に落ちてる色々な機織り道具を拾ってる。


「なんでもないよ、ちょっとこれ落としただけ」


 とは言ってるが高い機織り機に糸を通すための脚立もあるし。本当に大丈夫か?


「本当に脚立から落ちたとかそういうんじゃないよな」


「うん、それはしてない、この道具入れを落としただけよ」


 声が聞こえたときは本当に焦ったわ。でもこれはだめだな。この危険性があるならもうこれは使わせられない。お腹が大きくなって転びやすくなってるんだろう。


「なあ、機織りは出産が終わるまで一時辞めることはできないのか?」


「そんな、することがなにもなかったら暇で死んじゃう」


 そんな大げさな。いや他にもあるはずだよ。


「いや他にも、あ、そうだ綿から糸を紡ぐとか」


「え、あんなの誰でもできるし」


 なんか表情が険しくなってきたぞ。


「いや俺には出来んぞ」


「あなたでも出来るわよ」


「だったら俺でも機織りはできると思うぞ」


 うるさいぞヤマト、真剣なんだちゃちゃを入れるな。


「お、言ったな。じゃあ、あそこに糸を通して見せてよ」


「あ」


 くそう。


「ほら。まあ大丈夫よ私もちゃんとわかってるから慎重にやるわよ」


 その昼休みのあとの午後の野良仕事も手につかなかったし、ヤマトも静かだったし。その日は悶々と過ごした。そしてその晩もなかなか寝れなかった俺は以前ヤマトの記憶で見た機織り機をふと思い出した。


 次の日の朝早速親方の工房に行った。


「すみません、親方いますか?」


「おうノックスなんの用だ」


「あのですね、機織り機を横に倒せないかと思いまして」


「は? どういうことだ」


「いえ、親方なら以前機織り機を作ったからまた作れる方と思い、それをちょっと改良して欲しいなと思いまして」


「なんか、妙に他人行儀だな。まあ、話してみろ」


 と言われたので、身重の妻が脚立に上って機織り機に最初の糸を通していること。これが危険なので、機織り機を横に倒したら、脚立に上る必要はなくなるんじゃないかとロウ板に描いて説明した。あと、どうせ新しく作ってもらうなら足踏みペダルもジル婆さんのやつみたいに増やして欲しいと頼んだみた。親方はしばらく考えて、ちょっと考えさせてくれと言ったので、俺はそこで引き下がった。まあ、機織り機だ親方も色々と考えることもあるだろう。


 そう思っていたらその次の日サヒットが来た。


「休みでこっちに来たか?」


 よいしょ、棚田をつくるのも慣れてきたな。


「まあ、それもあるがお前に話したいこともあって来た。親方に機織り機を作ってくれって頼んだそうじゃないか?」


「ああ、そうだが」

 

ガリガリガリガリ、土を削ってこっちに移動させて


「まあ、その、親方はそれを俺にやれって言ったよ。どうも本人はあまり作る気がないらしい」


「あれ、でも親方は若いころに作ったって言ってたぞ」


「ああ、その時以来作ってないそうだ。ケーバさんが昔使ってたのを作ったのは兄弟子だよ」


 あれ、地雷ってやつを踏んだか?


「まあ、それはいいんだ。でだな、俺の技量じゃあまだ親方の作れる足踏みの沢山あるやつは作れん。なにしろ機織り機そのものを作ったことがないからな」


「おおそうなのか」


 ガリガリガリガリ


「おい、『そうなのか』って、あのなあ、あれ一つ作るのに馬か牛一頭だぞ」


「えっ」


 手が止まった。


「なんで」


「『なんで』ってお前なあ、あれには小さな鉄の輪っかがわんさかついてるんだよ。だから作るのは俺たちだけじゃなくてコーラさんもだよ。だからあの人の取り分も必要なんだよ」


 絶句。大体あの糸を通すところって機織り機の上の方についてるんだぞ。全然知らなかったわ。


「お前相場も知らずに頼んだのか」


 うああ、馬を飼うために準備していたのが。うるせえな、貧乏じゃねえぞ!


「その顔じゃ知らなかったようだな。言っとくが親方の作ったやつなら恐らく牝馬のほうだぞ」


 オスの子馬の倍かあ。メスのほうがオスより重要だもんなあ。


「まあ、俺が作るなら、初めてだし、安くしてやってもいいんだが、横に作るのは親方もやったことがないから、まあ、なんだかんだ言って値段は馬一頭だな」


「うぐ」


「で、どうすんだ」


「あのな、鶏でどうだ?」


「おい、鶏を延々と二百四十匹も食いたくねえよ。というかウチにもあるし。まあお前の所はそれか兎か。兎もなあ。わかった、半々で手を打とう」


 それ全然値下げになってねえよ。まあ、いい。コイツには借りがいっぱいあるからこんなとこで値下げ交渉なんかできねえよ。


「じゃあいいものを頼むぞ」


「任せろ」


 と言って手をヒラヒラさせながら帰ってったよ。


 そして三月の終わり、俺が新しく作る棚田にあった木の切り株を掘り出しているときにサヒットが弟弟子と一緒に新しい機織り機を荷馬車で運んで来た。


 この新型の、ヤマトに言わせれば伝統的な、機織り機は家の南東の部屋に設置された。北西の部屋は本来なら日当たりがいい部屋になるはずなんだが樽が邪魔して日があまり入らなくなった。なので窓が二つある部屋ならベッドルームと南西と南東しかない。やはりベッドルームはいやだと妻が言ったので、南西か南東からしか選べないかったんだよな。これで機織り部屋は南東の部屋に移ることになった。これで子供部屋はベッドルームに一番近い東向きの部屋になるだろうな。


 そしてまあボウアの喜びようはすごかった、抱き着かれチューされた。やっぱり本人も毎回脚立に立つことに危険性を感じていたらしい。あと俺は足踏みのペダルが少ないことを謝ったが、本人も今は使いこなせないからこれでいいと言っていた。一応サヒットにこのことについて密かに聞いたが、どうやらこれを作ったおかげで色々とわかったらしい。なのでこの機織り機は後々改良できるように少し大きめに作ったそうだ。


「ありがとう! 婚約の時の約束を覚えていてくれたのね!」


「うん、当たり前だぞ」


 うるせえな、ここはどう考えても正直にすっかり忘れていたって言う場面じゃないだろうが!


 あとあの北西の部屋にあった機織り機はサヒットが村に持って帰った。なんでもケーバさんの一番弟子に譲るらしい。まあ、妥当だよな。ケーバさんの機織り機が彼女の弟子に渡るのは。


 まあ、妻からの渾身のギューとチューは兎一年分の価値はあった。



これで今の世界で普通に使われている機織り機になりますね。ちなみにトヨタの前身は自動機織り機のメーカーです。


第八章が終わります。ここまで読んで下さりありがとうございます。面白かったと思いましたら感想・評価・ブックマークの方もよろしくお願い致します。

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