49)8歳 1月1日-9日 ヤマト初めての新年の祭り
今日から新年。乾季が終わり長い雨季が始まり、農業も始まる。なのでそれの祈願も兼ねてこの一週間は村で皆で集まって祝う。最初は親戚巡りだな。お、お前の所も同じかヤマト。まあ、この辺では母方の家族が存命ならそこに最初に行くな。え、なんでって? そりゃボウアみたに妊娠してたら、すぐに報告しなきゃだめじゃん。え、だって子供を産んでそのあと一か月くらいは実家暮らしだぞ。そのため色々準備とかしなきゃ。あとは赤ちゃんの世話の仕方とかを母親から教えてもらうんだよ。あ、ウチの実家は今日は家だぞ。母さんの実家はアスダラだが、おばあちゃんは亡くなったからな。あ、いや謝らんでもいいよ、お前の言う大往生ってやつだ。アヴィンも家に帰って来てたらいいな。
で、俺たちはボウアの実家だな。え、サヒット? アイツは結婚してないから当然そこにいるよ。あれ、ノーラ義姉さんもまだいるのかな。ああ、でそこで少し過ごしたあとは父方の家族に新年の挨拶だよ。そのあとに村に集まって巨大な焚火を昼からするな。なぜかって? 確か俺たちの気持ちを載せた煙が空のタラン様に届くようにってのと、昇る煙みたいに作物がすくすくと育つようにって爺ちゃんが言ってたような気がする。タラン様はあれだ、雨と雷の神様だよ。まあ、ヤマトもこれで大体わかったろう。
「なー、本当に持って行くのはこれだけでいいのか?」
かごの中で兎がピョンピョン跳ねて、隣のかごで鶏が静かにしてる。なんか逆だな。
「大丈夫よ~」
妻の声がベッドルームから聞こえる。多分まだ持って行く服を選んでるだろうな。うーん、しかしなあ、鶏が二羽に兎が二羽って少なくないか?
あ、なんかしつこいな今日は。だいたい鶏一羽で四食分、兎でもそうだろ。だから二羽ずつってことは十六食分だけなんだよ。俺たちはボウアの実家に三日か四日泊まることになるだろ。四日泊まったとしたら、俺たち二人だけで二十四食分なんだよ。足りないだろ。
「鶏と兎だけじゃ足りないんじゃないか~?」
「魚の干物があるでしょー」
あ、そうだった。俺作ってないから忘れてた。あ~はいはい、そうですな。俺が悪いよ。うるさいな、わかったよ、お前のおかげだよ。塩作りを教えてくれてありがとうな。
もうさっさと行こう。俺はベッドルームまで行く。
「なあ、まだかかるのか?」
「うーん、どっちを持っていったほうがいいと思う?」
赤いのと白いのだ。これ答えていいのか?
「新年は祝いだから赤いほうがいいんじゃない?」
「でも私この赤い服の仕立てがあまり気に入ってないのよね、やっぱりこっちにするわ」
白選ぶなら、なんで俺に聞くんだ。え、俺の反対を選んでる? なんでだ? なんだと、服のセンスがないだと、お前なあ野良仕事ばっかりしてる俺に何を期待してるんだ。でもそんなにないか? 一応俺は赤いシャツを選んで着てるぞ。あ、ズボンと合わない? なんでだよ、いつも履いてるやつ作業着じゃなく、これはいいやつだぞ。
「え、それ着てくの?」
「ダメ?」
「うーん、上も下もそれだけならいいけど、上下合わせると。あ、いや下はいい生地使って上手に織られて仕立てられてるのは解るんだけど。うーん、あなたのは、あらこれがあるじゃない」
とまあ、妻がまたクローゼットに入ってごそごそして、その後に茶色いズボンを渡された。なんでお前が頷くんだ。なんか腹立つな。まあ、いいや。青いズボンを脱いで履き替えてと。あれ、なんかこれちょっと色合いが全体的に暗くない? もうちょっと明るいほうが良いかな思ったんだけど。まあ、ボウアにこれを渡されたからな、これでいいや。
「じゃあ俺は鶏小屋のところに行ってくる」
「はーい、私ももう少ししたらいくわね」
え、俺はなんで着替えを持って行かないんだって? お前なあ、鶏と兎の世話を誰がするんだよ。そうだよ、毎日朝早く一旦ここに帰ってきてその日のエサを用意してからまた村に戻るんだよ。その時に俺は着替えるからいいの。そうだよ雨でも関係ないよ。ああ、大変だってわかってくれるのならいいよ。それよか俺がいない夜のほうが心配だ。いままで俺が外泊したことはあっても一泊ずつだったからな。連続で一週間はな。野犬とか山猫が心配だわ。アイツらは人がいれば怖がって近寄らないが、俺がいないなら絶対に近寄ってくると思うぞ。まあだから高床式にして、床一面に泥レンガを敷いたんだが。それでも不安だよ。ああ、そうだよ、だからそろそろ犬も必要かなって思ったんだよ。でもなあ、犬をここに置いて一週間も毎日出てったら犬が俺たちを追いかけてくるようになると思うんだよなあ。
と考えながら最後の見回りをしてると妻が家から出てきた。
「じゃあ行きましょうか」
「おう」
まあ、案の定サヒットは居た。ノーラ義姉さんも居たな、今いるのは不思議ではないけど、もしかして去年の十月くらいからずっといるのか? 新年の挨拶を一旦済ませたあと家からのお土産を渡したら魚の干物が喜ばれた。まあ、わかる。これ川魚じゃなくて海の魚だからなあ。こいつに塩を足して干すと塩味がぐっと効いて美味しいんだよな。朝のお粥とかにちょうどいいし。
そしてまあ、ボウアが妊娠したと報告したら皆すごい喜んでくれた。こっちも嬉しくなる。そして昼間からどぶろくとかが出てきたから、なんかお酒飲みすぎそうになった。で、この家ではまだどぶろくだったのでお義父さんとお義母さんに説明してどぶろくに灰を入れさせてもらった。もう俺はどぶろくじゃなくて清酒の方しか飲みたくなくなってる。なんか贅沢になってきてないか? あと初めてサヒットがへべれけになるところを見たような気がする。いや初めてじゃないな。で、それを見ていたボウアもなんか飲んでた。そんときヤマトが慌ててたよ。なんでも妊娠中にお酒を飲むのはよくないらしい。まあ、家では俺たちは酒を飲んで無いし、この祭りが終わったら出産まで飲むことはないから、祭りが終わるまでなんとか頑張ろう。ボウアは半信半疑だったが、お酒は一日一杯で辞めるようなんとか説得できた。俺もそれ以上は飲まないと約束しないといけなかったわ。
そして朝早くご飯を食べたあと一人で家に帰りパパっと野良仕事や動物たちの世話をしてからボウアの家に戻る、と言う日々が少し続いた。家にいるときは基本サヒットと駄弁って、夕ご飯をたまには作って、たらふく食べる。なんかこの三日で太った気がする。まあ午後は一切働いてないもんな。
一月五日の朝、妻と二人で家に帰る。その時もノーラ義姉さんは実家に残ってたからこれはもう離婚かなと思ったよ。さすがにその話はしなかったがね。え、ノーラ義姉さんは双子じゃないのかって? 双子だよ、彼女には双子の弟がいたんだ。まあ、ノーランドは酷かったらしいな。小さいころは俺やブロガンなんか目じゃないほどやんちゃだったらしいぞ。あれその反動でボウアやサヒットは真面目なのかな。まあそれはともかく、あの人は海難事故で亡くなった。だからアヴィンもブロガンも馬車で行商はしても、恐らく船にはあんまり乗ってないと思う。俺もなんか怖い。
五日は家で洗濯などをして、午後の太陽で干してから、夕暮れ時に村にある俺の実家に向かった。実家にはアヴィンも帰って来てた。ここには三泊してからまた家に帰る予定だだから今回は鶏二羽と兎二羽で問題ない。アヴィンは去年の四十日からずっとここに居たらしい。親父とケンカしてないだろうな。
ま、ケンカの心配は杞憂だったな。アヴィンが帰ってからはあの清酒が飲み放題なせいか、親父の機嫌がえらくいい。ボウアもあの清酒の誘惑には勝てないのかお替りをしたこともあった。まあ新年もそろそろ終わるし、一回くらいいいだろ。あと実家では麺料理がこれでもかと出てきた。親父が張り切って茶臼を挽いてるらしい。ていうか酔っぱらいながら鼻歌歌って臼を挽くなよ。なんか危ない気がする。そのうち事故るぞ
そして八日の夜を家で過ごし九日の朝早く村の祭りに参加して終わりだ。ああ、これは同時参加ってわけじゃない、今日一日焚火があるからいつでも来て、いつでも帰っていいんだよ。盛大な焚火が燃え盛るなか、村人たちが願いを書いた木片や紙を火に入れる。紙を入れる場合はそれだけ真剣で重要な願いだ、紙は高いからな。ウチも当然紙に書いてボウアの安全な妊娠と出産を願ったぞ。俺はコメが育つ願いを木片に書いてくべようかとも思ったが、今年はまだタラン様に頼るには早いかなと思ってしなかった。鶏と兎たちは頑張ったからな、俺も頑張らねばな。
ちなみに祭りの時ブロガンにあったら、あいつ新年はアスダラに言ってて、そのあとは彼女を連れて村に戻って来たらしい。ありゃ本気だな。あれ、そういえばアヴィンは己の師匠のとこに行かなかったし、誰も連れてきてないよな。どうなってるんだ。