48)8歳 24月1日 海水で種もみの選別といつもよりひと月早い苗作り
ヤマトにこっちでのコメ作りのことを聞かれた。だから種もみをこうパアーっと田んぼに撒く人と最近では苗を作ってから田植えする人がいると話したら納得してた。で、俺たちはどうしたほうがいいのか色々と話してたら結構衝撃的な事が解った。なんと日本では種を選別するらしい。ヤマトはテレビで見ただけだったので詳しくはわかってないが、なんでも塩水の中に種を入れて、浮かんだのは捨てて、沈んた種だけを使うとか。
なので、早速試したわ。どのくらいのしょっぱさか解からないので、とりあえず樽に海水を入れた。そこに種を少し入れたら沈んだやつと浮かんだやつがちゃんとあったわ。浮いたやつを捨てて、沈んだ種を選んでたら、ヤマトが今度はいつ苗を作るのかって聞いてきた。そんなの田んぼに雨が降るようになってからだから普通に一月だろがって言ったら、なんでって聞かれたわ。こいつにこういう口調をされるとイライラするわ。なんで農業をまったく知らないお前がって言おうとしたときに思ったよ。あれ、なんでだって。だって、腹立たしいことに一理あるんだよ。今ならため池に水があるし、暑いから種も十分に苗として育つ。ひと月の間苗を育てるくらい別に雨無くても大丈夫じゃん。なんで今やんないんだ。
なので今は普段より早く田んぼに水を入れてます。二十メートル×五メートルの一区画だけです。今のところそんなに区画が出来る見込みはないからな。え、日本では田んぼは枚で数えるの? まあ、いいよ、便利だからな。しかしこの田んぼ作ったばっかりだから肥料とか大丈夫なのか? 一応作ってから土を保護するためにわらとかかぶせてたからそれをそのまま土の中に埋め込むけど、ちょっと不安だな。まあ、やってみるしかないか。
「よし水も多めに貯まったから今日はここまでだな」
え、いやだからこの土を泥にしないといけないからもうちょっと待つんだよ。先月は乾季だったぞ。水がもっと必要なんだよ。まあ三日は先だな。なんで待てないんだよ、せっかちだなお前は。どうせその間は種を水につけないといけないんだし、下手したら芽が出始めるまで五日かかるかもしれないから、種の方を待たないといけないぞ。ちなみに先月は酷い乾季で雨がほとんど降らなかったが、水は七トン以上ある。これなら楽に年を越せるな。水に悩まなくていいのは本当に嬉しいよ。
はい、四日後です。種も芽が出始めてきた。田んぼも入ってみて十分に泥です。あの後必要なだけ水も足したし、畔もしっかりと固めた。苗作ってる間にはつまり一月までには順々に田んぼ全部の畔を作っていかないとな。まあ水の流れの確認とかも兼ねてちょうどいいだろ。
「おりゃー」
痛い痛い痛い。叫ぶな。なんだ、言ってみろ。え、なんで種を撒いてるんだって? だって、そうやって苗を作るんだよ。この野郎なにため息ついてんだ。張っ倒すぞ! え、なんだそりゃ。なんでそんな手間かけるんだよ。そんな面倒なことなんでしなきゃならないんだよ。ここはこれでいいんだよ。
「おりゃー」
ヤマトを無視して種を適当に撒いたわ。
さてと、これで一旦終わり。あとは田んぼをもっと作るか。とまあこのあとはボウアと一緒に棚田造りに精をだした。この調子なら恐らく来年の一月朔日にはそこそこの田んぼが出来るな。しっかし、これは先が長いな。
棚田は予定では一角よりちょっと広くなる。一番上の段に五十歩×五歩の一枚の田んぼがあって、同じ段でその隣に五歩おいて五十×五の田んぼがある。これらの田んぼの幅は当初の予定を変更して、かなり大きくとった。そして、上の段に二つ作り、それぞれ最初に作った小さい棚田から水を入れることが出来る。最初に作ったのは小さかったが、ちまちま作るよりも一気に大きい広さを持ったのを作った方が楽だよとボウアに言われて変更した。なので最初に作ったのはそのままにして、ゼロ段目にしてある。
これで俺の土地での稲作の横幅は百五メートルになるな。間の畔もここまで広ければ馬の上り下りも楽になろう。そして、その段の奥行は大体六メートルくらいにしたので、それぞれの田んぼには六十センチから一メートルくらいの畔道がある。これだけあれば俺とサヒットがすれ違っても田んぼに落ちる心配はないだろう、下の棚田に落ちたら大変だからな。で、次の段の水面は地形によるので中には約四十センチくらい下がって済んだ所もあれば、ぐっと一メートル近く下がらないといけないところもあった。あと掘ってると石が出てくるからそういうのは畔のところに集めて壁を補強したりする。。後で草が生えれば畔と壁はさらに丈夫になるだろ。これが続けば百二十メートルの縦幅の棚田が出来るな。
今の所完成したのは五枚だな。全部で四十枚の内五枚か。確かにこう考えると悪くない。当初の予定通りにちまちま作ってたら、あと九十九枚あるとか考えてやる気が失せるわ。
なんだよ、美しくないって。お前なあ、もっと規則正しく、幾何学的にってとか言ってるけど、お前も俺がどんだけ苦労してるかわかるだろう。地形に沿って作ったほうが遥かに楽なんだよ。まあ、いいじゃん。俺はこれは悪くないと思うぞ。中央に大きな通り道があって横に入る道はそれよか狭いが十分に実用性はある。それにすべての田んぼの上にわらがしっかりと敷いてあるから、棚田と畔の違いがハッキリとわかるし、これの景色もそこそこいいだろ。
塩水で種籾を選別するのは明治のころに広まったようです。誰が始めたのか私は知りませんので、もし知っておられる方がいたら教えてください。
ノックスたちのコメの農業技術は平安時代から室町時代のレベルだと思ってください。戦国時代より前ですと大体一反に付き150キロのお米が取れたらしいです。そしてそれは昔の人が一年に食べるお米の量とほぼ一緒です。
全国の農家の方たちありがとうございます。