40)8歳 21月20日 お茶とうさ美の孫たち
また雨だ。大雨ではないが、それでも水が貯まる。これで土間に置いてた予備の樽が二つとも貯まったよ。水は全部で十二トンだ。物置に持って行くのが面倒くさかったから土間に放置してたのがちょうど良かった。しかも俺の作った水漏れがポタポタする竹筒でも貯まったよ。あの乾季の苦労はなんだったんだ。というか村にいたときは屋根に落ちる水を相当無駄にしてたんだな。
ヤマトのところでも雨の水を集めるのか? やったことは無いか。孤島でやってるって聞いたような気がする? ふーん。ま、いいか。ろ過樽の水も抜いたし、お茶でも飲むか。
おいうるさいぞ、お茶入れようとしてんだ。なに騒いでいるんだ。ん、お茶の葉っぱ? へー、これは葉っぱなのか。そうだな。確かに粉々に砕けてるな。あー、というからにはここにもお前の世界の茶臼ってのがあるはずか。おう、それを利用してコメを粉々にするのか。なるほど。よし、昼ごはんが終わったら午後は村のケーシーさんのところへ行こう。
最近はあまり穴掘りはしてないが、一応敷地のどこを大雨が流れるのか知りたいし、丘の上の木とかため池の現状も知りたいので雨上がりに敷地を見回った。ま、結果的に問題は無いことが分かったので、今日は昼ご飯を食べたら村に行ったよ。ボウアは家で糸を紡いでるっていってた。
で、歩きながら地球の茶の歴史を聞いたんだがこれが結構面白い。あとなんかコーヒーと言う黒い飲み物もあって、今はこれも日本では盛んに飲まれているらしい。でも、俺はコーヒーって聞いたことがないからな。あ、でもコーヒーの原産地がアラビアだとか言ってたから、もしかしたら猿人たちが飲んでるかもしれん。
お茶に話に戻すが、もともとはお茶も俺が家でコメをすりつぶしたあのゴリゴリとした臼で潰してたらしい。そんであの臼は薬師も使うというし薬研というらしい。まあお茶はこっちでも昔は薬としても飲まれてたと聞いていたからあまり驚かないよな。でもさ、お前なんで糸車とか知ってるのに、作り方は解らないんだ? 逆に関係なさそうなお茶に詳しいし。
ああ、悪い悪い。蒸し返すつもりは無かったんだ。本当に単純な疑問だったんだ。え? 産業革命が起こった国でお茶が大量に輸入されていた。そして日本でもヤマトが普通に飲んでいたか。へー。歴史家を馬鹿にするな? お前まだ学生だったろうが。
話が脱線しまくりだ。でだ、その昔薬研で作ってたお茶はつぶが荒かったから苦みが強かった。でも室町って時くらいからお茶の原産地の国から茶臼が日本に来て、お茶の葉は粉々にするほうがおいしいから茶臼が広まったと。まあ、要するにだな、今回は期待できるってことか。
「こんにちは」
「ああ、ノックスか。なんか作って欲しいものがあるのか?」
「そうかもしれません。えーと、お茶の葉っぱって粉々にしてますよね」
「そうだね」
「じゃあ、その粉々にする臼はもしかして丸い石が丸い石に乗っかってるやつではないですか?」
「おお、よく知ってるねえ。まさか君がお茶好きだとは思わなかったよ」
「ええ、最近目覚めましてね。で、その臼って作れませんか?」
「茶臼なら作らなくてももうあるよ」
「あ、そうなんですか」
「君もボイド爺さんを覚えてるだろ」
「ああ、あの真っ白な髪の」
「ああ、あの髪は見事だったね」
いや若い時からずっと真っ白な髪だったんだよ。それを長く伸ばしてたから、若いころはそれがかっこいいとか言われてた時もあったらしい」
「あの人お茶が大好きだったんで、自分でもお茶の葉っぱを茶臼で引いてみたいと言って注文したんだけさ」
「ああ、病気で」
急にお亡くなりになったんだよ。爺さんといってもまた二十五歳になってなかった気がする。いやこっちでは二十二歳越えたら普通は仕事納めで引退だから。なんでって、二と二の年じゃねえか。なにがっくししてんだ。うるせえな、なにが駄洒落の世界だ。
「だから、注文して着いたときにはもうね。で、倉庫に入れてある。欲しいの?」
「あ、見せてもらってもいいですか」
「いいよ」
とケーシーさんは工場の奥に行った。やっぱり茶臼はあったな。で、出てきたものもほぼヤマトの思っていたものと一緒だった。なるほど、こんな感じになってるのか。ほー真ん中のここに茶葉を入れるのか。
「とまあこんな風に使うとは思うんだけど、僕はそこまで茶に詳しくはないからなあ」
「大丈夫です。ありがとうございます。で、これいくらくらいになります?」
「そうだね、うーん最近鳥には飽きたからなあ、兎なんてどう?」
「え、兎ですか」
おい、取り乱すな、足元を見られる。
「それに兎だったら生きていても朝早くに鳴かないから近所迷惑にもならないからね」
「わかりました、じゃあ三羽くらいでいいですか」
「あ、それじゃ全然足りないよ、えーと四十羽くらいかな」
「そんなにですか」
馬の五分の一分の価格だぞ。ああ、そうだよ。馬は子馬でも最低一頭で兎百五十羽での取引だよ。いやこういう場合、全部一気に持って行くわけじゃなくて、週一回か二回二羽ずつ持って行くんだよ。でも一応いるんだよなあ、うさ美の孫たちももういるし。取り乱すなってんだろヤマト、お前が茶臼の話をしたんだろうが。
「わかりました。じゃあ、四十羽で行きましょう」
「遠いから荷馬車で持ってってあげようか?」
「あ、とりあえず実家に持って行くので、俺が持って行きますよ」
「本当かい?」
荷馬車借りればよかった。ナニコレ、これ結構重い。うるさいな、石だから当たり前って。知らなかったんだよ。罰が当たったって、お前な、兎たちが増えすぎて今困ってるだろうが。
えっちらおっちら、たまに茶臼を膝に置きながら実家に帰ったよ。
「ただいま」
「おうノックスか」
まあ、今は大雨の時期だからな、家にいるのは当たり前だ。あの雨じゃなにも育てられないよ。
「親父持ってきたぞ」
どん、と茶臼を土間に置く。
「ん、何だそれは」
親父が居間から土間のほうを覗いてる。
「親父の内職に決まってんだろ。母さんだけにさせる訳にはいかないだろ」
そうだよ、お前がこれで粉にできるっていったんだからアヴィンの仕送りの問題を親父に解決させるんだよ。
「これは本来はお茶の葉っぱを挽くために使うものだがな、多分コメも挽ける」
「は?」
キョトンとしてるわ。
「だから、この中心にコメを入れて、ここの取っ手を回せば恐らくコメも挽ける」
「いや、だから引いてどうすんだ」
「何言ってんだ、挽いてコメを粉にするんだよ」
「だからなんで引っ張ったら粉になるんだよ。
「違う、引くじゃなくて挽く」
俺がこう腕を回す仕草をすると。
「え、でもなんで俺がそんなことをしなきゃならんのだ」
「だって、アヴィンに送る金がないだろ」
「だから今年は例年よりも果物を乾かすつもりだぞ」
「そんなの乾季に入ってからの話じゃねえか、アヴィンにそれまで待たせるのか」
「う」
「だから、今この大雨の時期にできることをしようってんだ。今ならどうせ暇だからコメを挽いて粉々に出来るだろ。そんでコイツで出来たコメ粉なら」
と茶臼を指さす。
「おそらく今まで家で挽いてたコメとは段違いに粉々になるはずだ。なにしろお茶の葉を粉々にするやつだからな。だったらアヴィンの師匠に田舎からですって送っても、もしかしたら月謝替わりに受け取ってくれるかもしれん。ま、たとえ受け取ってくれなくてもアヴィンがあの町で誰かに売れば多少の足しにはなるだろ」
「うーん、じゃ、これはどう使うんだ」
「ただいま」
「あ、母さん」
「おお、お帰り」
「なんで茶臼があるの、これそこそこするわよ」
あ、母さんは茶臼のこと知ってるのか。
「これでコメ粉を作ろうと思って」
「へー、面白いことを考えるのね。確かここにお茶の葉を入れるはずだけど。あれ、これってコメが入るの?」
「ほら見ろ、お前の浅知恵じゃダメなんだよ」
「え、なんで」
「だって、コメって一粒一粒そこそこ大きいわよ」
ヤマトどう思う。おい、こら、無視すんな。
「うーん、ちょっと待って」
とまあ、俺は台所にあったコメを何粒か取って入れてみたけど。確かにコメ粒が大きいのかもしれない。ほとんど回らない。
「無理無理、やめとけ。地道にやるのが一番だ」
親父も土間に降りてきたな。
「待て待て、ちょっと考えさせてくれ」
「やっぱり大きいのね。町の方にある碾き臼ならもっと大きいんだけどね。なんでももとは小麦を挽くために作られたものだけど、あれもコメを挽くためにはちょっと小さくしたとか言ってたの覚えてるんだけどね」
俺はそれを聞いてこの前使った薬研を取って来てコメを新しく少し挽いた。で、茶臼に戻って、無理やりゴリゴリ回して引いて、ようやく簡単に回るようになったあとに、薬研でちょっと砕いたコメを入れた。おう、これならすんなり回る。ちょっと力がいるけど、母さんでも問題ないだろ。
「おい、出来るぞ」
「そんなの二度手間じゃねえか」
「あら、でもこのコメ粉はすごいサラサラよ」
「あ、本当だ」
「本当か」
うーん、大人三人が茶臼の周りに集まるとただでさえ暑いのがさらに暑くなるな。
「だー、ちょっと離れてくれ」
「お」
「ああ、ごめんね」
良し、と立ち上がった俺が、
「これなら問題ないだろ。なんだったら村長の所の精米機で少し砕いてから、こっちに持って帰って、この茶臼で引けばいいだろ。これでやらない理由は無いな」
と言ったら親父も渋々と言った感じでまあやってみると言ってた。とりあえずこれでアヴィンの金欠問題が解決できればいいんだが。
だから、俺たちは貧乏じゃねえって言ってんだろが!