39)8歳 21月6日 大雨と綿
『みてみん』様に植林と家の裏の土手と二つの池を反映させた図をアップしました。よろしければ見てみて下さい。
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だからこれが大雨だよ。滝みたい? まあ、そうだな。そう見えるかもな。
先ほど空に横一列に並んだ黒い雲が見えたので急いで家に帰ってきたら、案の定降って来た。まあスゴイ降ってる。今年はくるのが例年よりちょっと早いかな。逆にたまに二十二月とかに始まることもあるが、本当にたまにだな。
しつこいな、なんだよ。え、スコール? へー、ヤマトはそう呼んでいるのか。え、でも一度も経験したことが無い? だから、何度も言ってたじゃねえか、大雨だって。あー、日本の大雨とは違うんだな。どっちかと言うと台風に近いか。あ、でもこれは嵐でもないし、そんなに長続きしないぞ。あと、お前のところみたいに台風が五月から十月にかけて何度も来るなんて、年のほぼ半分じゃねえか。そうだとしたら、すごい緑豊かな国なんだろうな。なんでわかんねんだよ。ああ、そうか、海外行ったことがないから比べられないのか。ああ、日本ではこの台風シーズンにさらに雨季が追加されるのか。それはちょっとキツイな。ジメジメしたのは苦手だ。お前もか。まあ、そうだよな。お、そうだ次の乾季のあとに来る雨季はお前の知っている梅雨に近いぞ。まあ、落ち込むな。川や井戸がないここならそれは完全に恵みの雨だ。
と、ヤマトと話ながら家のひさしの下で樽がどんどん水で満たされるのを見ていたが、すごい。あっと言う間にろ過用の小さな樽がいっぱいになって新型の樽に入っていく。そして、大雨が終わった時には樽は全て埋まった。一回の大雨で全部で七トン以上だよ。この水の配分おかしい。なんでこの雨が乾季に来てくれないんだよ。
で、樽もいっぱいになったし、雨も少し弱まってきたから、家の周りを見回った。心配だったのが家の裏で、ま、浅い川みたいに水が流れて来てたよ。本当に土手と掘りを作っておいてよかった。土手の両側に作った約二十五トンの池も両方とも一杯だわ。これどうしよう。確かに親方が言ったようにこれじゃ土砂が丘の上から雨と一緒に流れてくるから穴掘った意味がないわ。ま、とりあえず川魚でも入れておくか。非常食にもなるしな。
ボウア大丈夫かな。今日も村に行ってるからな。なんでも今日は姉弟子たちと色々話し合ってるらしい。あと、今は織りたくても糸が足りないらしい。なんかこの前その事について愚痴ってた。まあ、その場合最悪こっちでも綿花を植えてもいいしな。あれは確か種からも油が取れるからいい植物だよ。
あん、なんだ? 以前母さんのやってたやつ? ああ、そうだな、ああやって綿から糸を紡いでいるな。へー、ヤマトの知ってる限りでは車輪を使って紡いでいると。どういう風に使うんだ? わからん? なんでだよ、名前は「糸車」、クルクル片手で回して糸を紡ぐ。そこまでわかっていてなんで再現できないんだ? おい。うーん、役に立つのかこの知識。
まあ、ボウアが帰ってきたら糸の紡ぎかたを聞いてみよう。そこからならわかるかもしれない。あ、言っておくが俺に糸車はおそらく作れないぞ。ああ、はいはい。そうだな、どうせお前は俺に期待してないんだろ。ま、最終的にはサヒえもんに頼むしかないだろうな。
その日の夕暮れ前に帰って来たボウアは元気だった。なんでも今朝は誰が弟子を何人取るかという話だったらしい。で、その話してる最中に大雨が来たから雨には濡れなかったとさ。お昼はケーバさんのところで食べたそうだ。家の樽がもう全部いっぱいになったと言ったら驚いてたよ。まあ、あとは土間に置いてある予備に入れるだけだよな。でも、あそこまで長い竹の筒なんて家にないぞ。これもサヒットに頼むしかないのか? 俺も作ってみるか? でも繋いだ所からすごい水が漏れそうな気もするんだよな。たくさん降るから問題ないか。
ん、なんだ? おう糸車か、そうだな。夕食時にちゃんと聞いてやる。まずご飯を作らないと。
普段より遅い夕食時。今日は鳥料理だ。
「糸の紡ぎかた? なんで知りたいの?」
「いやあ、夫として妻の仕事を知っておくのはいいことかなあと思って」
「今まで、私の仕事に一切興味なかったじゃない」
「いや、そんなことないだろ、いつも応援してたじゃないか」
「まあ、応援はしてたけど、具体的に知ろうとはしなかったわよ」
う、それを言われるとそうかもしれない。おい、うるさいぞ、いいだろ結婚できたんだから。
「でもそう言ったらボウアも」
と言った瞬間気が付いた。一拍置いてボウアも。
「そうよ、私は実家で農業の手伝いしてたから、あなたのやってることは一通り知ってるわよ」
そうなんだよなあ、ボウアの親父さんはもう年だから今は税金は納めなくてもいいけど、昔はちゃんと働いていたからなあ。
え、なんだ? いやあれはお義父さんだよ! おじいちゃんじゃないよ。ああ、お義父さんとお義母さんは年の差カップルってやつだな。失礼だな、お前。あ、じゃあヤマトは結婚式の間ずっとボウアのおじいちゃんが来てたと思ってたのか?
「まあ、そこまでだまってるのもなんか気味が悪いわよ」
「あ、ごめん」
でもまたちょっとした空白があった。ヤマトもなんか静かだ。
「まあ、じゃあ今日はあなたが食器を洗って。私は仕事部屋から道具を取ってくる。色々閉まってあるから整理しないと。土間ならまだ明るいから説明できるわ」
そうして食後、雨上がりの夕焼けの中、カウンターテーブルで妻に糸の紡ぎ方を教えてもらった。
まずは綿糸の場合は綿花から取れる。おい、馬鹿にしてもらっては困る。これはさすがに俺も知ってる。
で、この綿から種を取り出す。これが結構面倒らしい。今ここに綿はないから俺にはわからんが、ヤマトが、あ、これ知ってると言った。ちょっと説明が終わるまで待ってくれ。
このフワフワの綿もそのままでは紡げないらしい。なんか変な道具を二つ持って綿をかきだした。馬の世話をしてるときに使う道具みたいなんだよな。ヤマトがこれはカーディングだなと言ってた。梳綿とも言うらしい。なんでもこれで綿のフワフワを一方向にそろえると。
そしてそろえると束にして糸紡ぎ棒で母さんがやってたようにクルクルと紡ぎだした。母さんよりも上手いな。ってポロリとこぼしたら。ちょっと睨まれた。まあ当たり前か、ボウアはジル婆さんとこできっちり修行したからな。ここで、ヤマトが聞きたいと言ってきたので、質問をぶつけた。
「これなんでクルクルするの?」
「こうクルクルすると、綿の繊維がよじれるのよ。だから糸って無数のよじれた繊維なのよね。で、こう引っ張ると、綿のフワフワした所から新しい繊維がなぜか引っ張られてすでに出来た糸に繋がっていくの。まあ、あとはひたすらこの繰り返しね。もっともここにある綿が一本の糸になっても終わりじゃないけどね」
「え、なんで?」
「だって、それだけじゃ、糸が弱いじゃない。だからこの糸をもう一回よじるのよ。そうすると二重によじれてるから最初よりも頑丈になるわ」
「はー。我が妻はスゴイな」
「へへへ」
あ、ちょっと照れてる。かわいい。褒めなれてないのかな。ま、それは俺もかもしれん。 あ、ヤマトはどうでもいいよ。ええい、うるさい。というか今ので何かわかったか。まあ、そうだろうな、考える時間が欲しいよな。え、でも種を出すやつは知ってる? ほう、なんだそのギザギザのついた丸いのは。コットンジン、綿繰り機って言うのか。そんなんで種を出せるの? で、構造は? おおい、わからんのか。え、蒸気機関のほうが好き? ああ、そうか産業革命ってヤツだったな。おい、これお前の専門と少し被ってるんじゃないのか? 俺が今ちらっと見えたお前の記憶ではそうだぞ。あ、そんなに色々変わったのか。じゃあ、知らなくてもしょうがないのか、な? なんだよ疑問形で文を終えるなって。だって、お前これ知ってそうなんだからしょうがねえだろ。記憶をたどれや。え、俺もやれ? だってお前、自分の記憶あまり見せてくれないじゃん。はあ、わかったよ。
「そんなにこの手の動きが面白い?」
「あ、ああ、ごめん見入ってたわ」
まあ、半分ヤマトととの会話だったんだが。
「これはね、ここをキュッと持つのがこつなのよ。で、回転させ続ける。でもずっと一方向に回転というわけでもないのよ。たまに逆回転もさせて新しく出来た糸をこう棒に巻き付けるのよ」
「思ってたよりも複雑で難しいな」
「まあ、どうせお義母さんの糸紡ぎも適当に見てたんでしょ」
「面目ない」
「いいわよ、今こうやって知ってくれようとしてるのは嬉しいわ」
とまあ、テーブルで糸を紡いでたら暗くなったので。今日はここでお開きになった。でも寝るのがちょっと遅くなったな。
第六章が始まります。ここまで読んで下さりありがとうございます。面白かったと思いましたら感想・評価・ブックマークの方もよろしくお願い致します。