38)8歳 20月40日 新しい樽
サヒットが新型の樽を三セット持って来た。来月から大雨がいつ降ってもおかしくはない。が、空の天気を見るに今年はまだもう少し先だろう。
「待ってたぞ~、ありがとうな~」
まだ荷馬車に乗って遠くにいるが、待ちきれない俺はつい叫んでしまった。サヒットも荷馬車の上で手を振っている。ボウアも俺の声が聞こえたのか、家から出てきた。
「兄さんがきたのね」
「ああ、これで水不足とはおさらばだ」
そして二人で静かに待っていた。家の前の排水溝に沿って伸ばした堀と土手に植えた竹がなんかいつの間にか玄関に迎える前に客人と会うところになってる。静かなのは妻は水不足の事を考えているのかもしれない。俺のほうはそれもあるが、それ以外にも以前親方に言われた言葉を考えていた。それはサヒットが六日前に訪ねて来て、新型の樽が全部出来たから本日持ってくると言われて以来だ。俺は新しいことに挑戦している、この言葉を反芻していた。もし親方以外にも村のほかの人たちにもそう見られているのなら、俺は絶対にここでの生活を成功させなければならない。
まあ失敗しても当然だと皆思うんじゃない? リラックスしたら? と、ヤマトはときたま俺の決意の邪魔をする。アイツ本当に俺のことが嫌いな気がする。まあ、でも障害があればより燃えるものだ、俺の決意はますます固くなったな。
「いよう、待たせたな」
と、サヒットが荷馬車を止めて、笑いながら降りてくる。俺はサヒットのほうによっていき、手を差し出した。あいつもちょっと驚いたようだが、すぐ握り返してくれた。
そしてお互いに頷くと俺たちは荷馬車に置いてある樽を一つずつ持ってひさしの方に行った。さすがにボウアには持たせなかったよ。一応がんぱって最初に一個持とうとしたけど、俺が彼女を助けてる間にサヒットが二往復したよ。で、九つの樽のうち最後の二個を持って運んでいるときに俺はサヒットにこの水問題の重要さを話した。
「お前がな三つもこれを作っていると聞いてな、旧型の樽に水をわざと入れなかったんだ」
「ああ、そのほうが軽くなるからな」
「まあ、そうなんだが、実はな、あの日以来三十四日だ。で、その三十四日でこの旧型の樽が両方とも空になった」
「は?」
「本当よ。新型ってのには雨が降ったら必ず水を入れてるから、全部でどのくらい水を使ってるのかはわからないわ。けど一か月で確実にこの旧型二個以上の水は使ってるわよ」
「嘘だろ」
いや妻の言う通りだ。嘘じゃない。この旧型の樽には一つにつき約二トンは入る、だから俺たちは最低でも約四トン以上の水を使っている。これではとてもじゃないけどこの次の乾季を過ごせない。この次の短い乾季は二か月だけだが、ひと月当りで考えると雨の降る回数と量はおそらくは長い乾季の月よりも少ない。ほぼゼロと言ってもいいと思う。
「恐ろしいだろ。俺たちは別に水を無駄に使ってはいないと思うが、こんなに使っているとは思ってなかった」
だって、三十四日で四トン以上だぞ単純に計算してもこれって二人で一日に百二十リッター以上使ってるってことだぞ。そんなに水飲んでねえぞ。
「私もこんなに使ってるとは思わなかったんだけど、改めて考えるとちょっとした洗濯とか料理、コメを研いだり焚いたりにかなり使ってると思うの」
「そう、飲み水としてはおそらくそんなに飲んで無いと思う」
まあ、野良仕事して汗をかいて、水をたくさん飲んだとしてもせいぜい四リッターだろうな。多くても五リッターだろう。でもそれって、二人で一日八リッターから十リッターくらい使ってるから、一か月では三百二十リッターから四百リッター、点三十二トンから点四十トンだよ。飲み水だけで旧型の樽一つの約五分の一がなくなる。
「でも、その分量も馬鹿にならない。さらにボウアも言ったように料理をするにも使うし、食材を洗わないなんてありえないだろ、だから料理の準備にも使うんだよ。それに食事が終わったら皿とかも洗うし、手洗いにも絶対に使わないといけない。あとな、毎日の水浴びはなるべく裏の小川でしているが、仕事の合間に手拭いを濡らして暑さを和らげるためにも水を使って体を拭いてる。だからな、はっきり言ってお前が来なかったら今回の短い乾季でも無理だった」
だからわかってないなヤマト。体を拭くのは水の無駄遣いじゃない。ここは暑いからお前の言う熱中症になりやすいんだよ。だから暑くなりすぎたら体を拭いて体の熱を冷まさないとまずい。まあ洗濯のほうはお前の言うこともわかるが、疲れてる時に裏の川まで丘を越えるとうのも大変だからな。
「そ、そうなのか」
あ、サヒットがちょっと引いてる。まあ、あいつの所は井戸があるからな。ここの井戸の無い苦労はわからないだろう。
「だったらさっさと設置して水を貯めようぜ」
「そうね」
「だな」
とまあサヒットと新型の水の樽の設置をし出したんだが、やはり机上の計算は机上の計算でしかないな。旧型の樽の撤去は空だからすぐできた。で、一番端に置いてある新型三つのワンセットはそのままにして、その隣に新型三つをワンセットとして設置した。ここまでは問題なかった。次にまた新型を設置しようと思ったがその時にひさしの下にある小型の浄水用の樽とそれが乗ってる段差が邪魔になった。なので、次に置けた新型の樽は横に一つと縦に一つの二個しか置けなかった。また、当然その隣にも置けるのは二個だ。そして、机上の計算は横に並べて五つだったはずだが、実際に置いて人が通れる空間を作ると四つでもギリギリだった。
新型の樽は全部で十二個あるんだがな。
「二個余ったな」
「そうね」
「だな」
二個余ったって言わなくても見りゃわかるよ。どうしよう。
「どうしよう」
「まあ予備としてお前らの物置にでも置いとくか?」
「いやよ、せっかく作ったんでしょ、ひさしの下じゃないけど、そこに置けばいいじゃない」
あ、それはダメだ。
「ダメだ」
あ、サヒットが俺よか先に言った、まあ説明は任せよう。
「この立てに置くヤツの上の方見てみ」
とサヒットが樽を斜めにする。
「あ」
「そうなんだよな、上が布だから、雨が降ったらそのままろ過せずに貯まっちゃうんだよな」
とここで俺が説明を終えると。おい、説明を任せてないって、いいんだよサヒットだから。
「まあ、それでいいなら、ここに置くぞ。蚊は入ってこれないしな」
「え~」
妻よこれは俺も悩むところだ。が、
「いや、これは物置に入れておこう。ろ過しない水で食材を洗うのは良くないと思う」
「そうね、それしかないわね。あ、でもじゃあ、この旧型ってのはどうするの?」
「あ」
「あ」
しまった。完全に忘れてた。旧型はデカすぎてひさしの下には入らないしなあ。しかも使わない樽を五つも物置に置くのか? もともとここにあった大きな旧型が三つに新型が二つってこれ部屋二つ物置になるぞ。でもあればあればで、非常用に役に立ちそうだしなあ。でもすでに新型の樽が十個だぞ。十トンだぞ。そして、その予備にさらに二個。一か月六トンだとしても、これだけあれば二か月は行けるんじゃないか? いやでも保険として旧型もあれば十八トンか。いやしかし、えっ、うるさいぞヤマト。悩むに決まってるだろ。うーん。
しばらく静かだったが。
「俺がもらうわ」
「え? なんでだ?」
「いや、俺も屋根を板ぶきに替えてみようと思う。小屋だから小さいし、多分弟弟子何人かとやればすぐできると思う」
「でも兄さんのところには井戸があるんでしょ?」
「まあ、そうだが、もし俺が家を作るとしたらこっちの海側だろ。だったらこのやり方に慣れたほうがいいかなって思ったんだ。」
「あれ、通いで、ここは木を切るために使うんじゃないのか」
「まあ、世の中なにがあるかわからんからな」
「へー、お前から家が欲しいとかそんな言葉を聞くとは思わなかったわ」
「ふっ、本当ね」
「なに言ってんだ。ここの屋根とか雨どいの計算やったの親方だから、俺はまだ詳しいことはよくわからないんだよ。だから俺と弟弟子たちの勉強も兼ねてるよ」
「あ、こっちのほうがお前らしい」
「アハハハ」
「うるせえ、まあ、水が今の樽に満水ならこっちに筒を繋いでおけ」
と言って、土間の方にサヒットが行ったので、ボウアもそのあとについていき、「お茶でも飲む」って聞こえてきた。おれは言われたとおりに竹筒を連結してから、新型の樽を二個土間に入れてから家に入ったよ。
『みてみん』様に新しい樽を入れてみた図をアップしました。よろしければ見てみて下さい。
https://33111.mitemin.net/i469738/