37)8歳 20月29日 雪隠再び
すみませんまた下のお話です。ご飯時の人はごめんなさい。
「なあ雪隠がなんで臭くないんだ?」
サヒットが土間に入るとすぐ、居間で寝転んでる俺に向かって聞いた。妻は今日は村だ。
「おい、ちゃんとおしっこはわらのほうでしただろうな」
「したよ、しつこいな。お前と妹が二人そろって何度も何度も言うから、今はうんちをする前におしっこをそこでしてから雪隠に入るぐらいだぞ」
「ならいいよ、それに臭くないならいいじゃん」
ああ、迷いなく湯飲みを収納から取って水入れてる。完全にこの家に馴染んでるな。
「いや、なんで臭くないんだ?」
おうこの話を続けるのかよ。
「昼飯食ったばっかしだぞ俺は」
「だめだ、俺んとこの小屋はそこまで臭くないが、実家は滅茶苦茶臭い」
サヒットがちゃぶ台に着いたから俺も起き上がって、水差しから自分の湯飲みに水を入れて少し飲んだよ。
「まあな、俺の実家も臭いぞ」
「じゃあなんでここは臭くないんだよ?」
そりゃあ、おしっこをうんちと分けてるからだと思うが、完全に確証はないからな。ああ、すまん、ヤマトの細菌の話を疑ってる訳じゃないんだ。
「ここではうんちとおしっこを分けてるだろ。多分それだよ」
「そんなことで臭くなくなるものなのか?」
「俺もよくはわからんがそんな気がする」
確証持ってないけど、説明するか。ああ、ジル婆さんの話はしないよ。
「いやな、一時俺がたまたまおしっことうんちを別々にしてたんだよ。で、そのときはボウアもジル婆さんのとこでの修行が忙しかったから、ほぼ毎日昼は家にいなかった。そしたらなんか臭くなくなった。だからそれからだな、別々に分けることにしたんだ。で、ついでにうんちの上におが屑を少し入れるようにしたんだよ。隣のごみ溜めもあまり臭くないだろ? あれもおが屑を定期的に撒いてるからだと思う」
今は雨季だからごみ溜めの上にも板の蓋してあるしな。え、乾季の時はコメのとぎ汁とかそこに捨ててたって? いや水が無いと堆肥にならないんだよ。だから水でべちょべちょになっても堆肥にならないんだよ。まあそうだな、堆肥は繊細ってとこだ。
「ん? それっておが屑が匂いを消してるってことになるんじゃないか?」
あ、そうかも。おいヤマト、お前もそうかもってどういうことだよ。なんだ、自信が持てないって。細菌の話はお前の話だろうが。え、なんでおが屑のことが気になったんだよ、少し説明して見ろ。は、猫? 猫を家の中で飼ってるのかお前らは? あんなのは適当に餌付けすれば家の近くに定期的に来て、鼠を勝手に退治してくれるじゃないか。え? それはどうでもいい? おい、どうでもいいってどういうことだよ、鼠の被害は酷いんだぞ。おう今度は猫の糞の話か。今日はもううんちばっかだな。でそれがどうした。
「なんか、固まってるな。まあ、いい、この話を聞いたからには試してみるだけだ」
「ん、どういうことだ?」
「簡単だろ。小屋ではうんちとおしっこを別々にする。実家ではおが屑を雪隠に撒く。そしたらどっちのほうが良いかわかるだろ。それにあの変な傾けるやつはすで実家でも使ってるし、臭くなくなったら皆喜ぶだろ」
ああ、そうか。実家だったら工房が近いからおが屑をいくらでも持って帰れるもんな。あとあの手洗いもう一個実家用に作ったのか。
「あの手洗い器についてはボウアがすごい気に入ってる。ありがとな」
「まあ、妹が実家でもそれを作れって俺に言ったからな。それにしてもお前がおが屑を持って帰ったときはなんでゴミを持って帰るんだろうと思っていたが面白い用途があったな」
なんだ、ボウアが実家でも使いたかっただけか。
「ああ、それな。おい、おが屑全部持っていくなよ。まだまだこっちでも使いたいぞ」
「大丈夫だよ、あれは毎日大量に出るから心配すんな」
その五日後サヒットが家に来て報告してくれた。なんでも実家でおが屑を入れてみたが臭いはそんなに減らなかったらしい。が、こっちの小屋は劇的に臭くなくなったらしい。で、俺がそれは小屋の雪隠をそんなに使ってないからじゃないかと言ったら、そうかもと言ったあと、でも実家でも別にしてみると言ってた。
で、ここでヤマトの自慢話がまた始まったんだよ。なんでも今の日本では洋式と言って座って用を足すのが普通らしい。昔は俺たちみたいにしゃがんでいたと。でそのトイレの形を記憶でじっくり見たとき閃いたね。これならこっちでも出来ると。
数日後。
「なのでこれを少し試してみたいと思います」
「またなにか変なこと思いついたのね」
現在俺たちは雪隠の外にいる。
「心外な、結構役立ってると思うよ」
「まあ、そうね。で、この丸いのはなに?」
とボウアが雪隠の中のトイレを指さしてる。そう蓋つきのトイレだ。が、日本のトイレじゃない。まず楕円の部分がかなり長い。そして楕円を前方と後方に分ける仕切りがある。前方の下には壺が置いてある。後方はただの穴だな。
「まず、この蓋を開けます。そうすると、ここに座るところがあるから用を足すときはここに座る」
高さはボウアがしゃがんでもしっかりと両足が地面に着く高さにしたあるから、日本のトイレともあまり変わりがない。一応座って見せる。また立って、ボウアに場所をもう一回見せる。
「で、おしっこのときはさっきみたいに前の方に座れば、こっちの仕切りのほうに入ってる下の壺に入る」
ここで俺が便座を蓋ごと持ち上げると、楕円形の板の壁と仕切りと徳利のようにだけど、徳利よりかもっと上が広くなってて、首が閉まって下が太い壺が見える。ロウ板があってよかったよ、この壺の形状を描いて見せることができたからな。絶対キーラさんに口では説明できなかったと思う。こっちに徳利はないからな。何言ってんだヤマト、こんなもの書くために紙の無駄遣いはできんわ。
で、便座をまた戻して。
「で、うんちの時は奥の方に深く座る。そうすればうんちは後ろの穴を通って雪隠に落ちる。おが屑もそのあとにそのまま落とせる。最後に蓋を閉めて終わり」
こうすれば、俺もうんちの時におしっこしたくても別々にできるし、ボウアも別々にできる。
「壺に貯まったおしっこはその日最後に雪隠を使った人が隣のわらに捨てればいいだけ」
妻が頭を抱えてる。
「なんでここまでするのよ」
あれ、喜ぶと思ったけどな。
「ま、まあ騙されたと思ってやってみてよ」
とまあ、説得して早速使ってみた。うん、あれいいな。畜生ヤマトがまた蛮族とか言ってやがる。ちなみにボウアも気に入ってるのか、あれ以来文句ひとつ言ってない。だって蓋さえ閉めれば雪隠が本当に臭くなくなった。信じられん。
サヒット? あいつもウチにあるやつを見てからトイレを作ったらしい。ついでに俺も実家のためにトイレと手洗い器を作ってもらった。結局キーラさんには鶏を四羽持って行った。壺四個にはちょっと過剰かもしれんが、これが俺たちの嘘偽りのない本当の気持ちだ。