36)8歳 20月6日 チャレンジ精神
サヒットと親方たちが荷馬車に乗ってきた。多分ケーバさんの機織り機を積んでいるんだろうな。ああ、ボウアが手を振ってる。やっぱりそうか、って遠くから見てもでかいな。まあここで俺が家に戻ってもじゃまになるだけだろうな。もうすでにどこに置くかは決まってるし。妻と親方たちに任せるのが一番だわ。
なんだ、覚えてないのか? この前ボウアと話したばっかりだろう。家の北西の部屋だよ。糸が細いからできるだけ日の光が入るところがいいって言ってたじゃないか。いや、だからボウアが寝室はいやだっていってたじゃねえか。お前あの話を聞き流してたんじゃないのか? なんでもそこにあると機織りを一日していろって感じの圧力を感じるんだそうだ。ああ、あそこの北の窓な。そうなんだよな。今はまだいいけど、あそこひさしがぐっと伸びてるし、いずれサヒットが持ってくる樽が立ち並ぶから北の窓がかなり隠れるような気がするんだよ。まあ、西の窓は寝室みたいに広く取ってあるから他の部屋と比べたら明るいけどな。
樽で思いだしたわ。
「おいサヒット」
「なんだ、今忙しいぞ」
「知ってる、知ってる。あの細い樽はどうなってるんだ?」
「ああ、多分大雨までにはあと一つ作れると思う」
「あれ、横並び五つに予備一つって言ってなかったっけ?」
「なに言ってんだ、お前。俺だって忙しいんだぞ。あのへんな傾くような仕掛けも作ったし、妹の洗濯のやつもいやに時間がかかったし、お前ら樽が欲しくないのかって、感じで横槍入れてくるぞ」
ああ、すまん、確かにそう考えたらそうだよな。
「ああ、すまん。一つでも十分ありがたい」
と、言うことは、大きい旧型から水を使っていって、そこに水を足さないほうがいいな。でないと新型が来たときには重すぎて撤去できなくなる」
「まあ、確かにな、おれもあれが四つもあれば十分だと思う」
あれ? お前今あと一つって言ったよな。
「え、あと一つって今言ったよな」
「うん? ああ、だからもうすでに二つ、樽六個はできている。あとはもう一つ仕上げるだけだ」
わかりにくい? まあいいだろ、いつものことだ、それに嬉しいじゃないか、三つも来るぞ。
「おう、ありがとうな。じゃあ、仕事の邪魔しちゃ悪いから俺は野良仕事に戻るよ」
とまあ、俺は家の西側に流れていく水をなんとか北側に向けて誘導できないか掘ってた堀と土手の所に戻った。本当にもう穴は掘りたくないよ。
そしたら機織り機の設置が終わったのか親方が俺の所に来た。
「ノックス、精が出てるな」
「あ、親方」
「で、なにしてるんだ」
「家の周りの排水溝を少し大きくしたんで、そこから出る水がこの辺でこう西側に向かうので、それを今度はこう北側に向けられないかなと」
「ああ、なるほど」
と親方がじっと地形や俺が少し掘りだした堀を見て。
「あ、こりゃ無理だな」
「うああ、がっくし来ますね」
「まあ、やりたいことはわかるぞ。家の前を横切るように掘ったのは問題ないだろ。でもな、それを無理やり北に向けたら地形に逆らってるから、おそらくこっちはすぐ土砂とかで埋まると思う」
「あのう、じゃあ、あっちに掘った小さな池とかはどう思いますか?」
と最近やった土木の工事の所を親方と二人で見て回ったら。
「家の裏の土手は上手くいくだろうな。そしてそこから伸びる土手も大丈夫だ。両方とも地形に逆らってない。なるほと、考えたな。これなら家はどんな大雨でも問題ないだろう。でもその集まった水を池に直結させたらいずれこれらの池も埋まるな」
そんなあ、四日かけて掘った池がダメになるとは。ダメ出しをくらった。と、言うか精神にくる。こころが折れそう。だってもう水もそこそこ溜まってるし、今さらさらに大きく掘れないよ。
「ああ、おい、そんなに落ち込むな。こんだけ穴が大きいんだ埋まるのに時間はかかるだろう。それにこの場合はだな、水だけを池に誘導させて、土砂は誘導しないようにすればいいんだ」
ヤマトも頷いてるけど、おい、お前知ってるんならなんで何も言わなかったんだよ。え、親方に言われるまで気が付かなったって。はあ。まあ、この二人が言ってるってことは理にかなってるってことか。
「それはどうすればいいんですかね」
「あ、それは俺もわからん。言っとくが俺は大工だぞ」
うぐぐ、それはそうだよな。うーん、真剣に考えないと。
「わかりました。ありがとうございました。ちょっと考えてみます」
「まあ、そんな拗ねるな。いいか俺はな、お前がやってることは気に入ってるんだ」
「へっ、そうなんですか?」
「ああ、お前は知らないだろうがな、俺の前の棟梁、の前の棟梁、の前、の前、まあ五代くらい前からこの話は始まるんだが」
なんか長くなりそう。どうしよう、聞くべきか?
と、思ってたが聞いてよかった。なんでも話は五代前くらい前の棟梁に遡る。彼が跡を継がせようと思っていた実子が戦争で急に死んた。なので、次の棟梁に弟子の誰がなるかで揉めたとき、その棟梁が役立つ新しいことを考案した弟子を次の棟梁にすると言ったらしい。それからはこの伝統は守られて、今では弟子から独り立ちするときにはまず、今までの技術を全部修め、かつなにか一つ新しいことをやらないといけないらしい。
この話聞いたことがあるって言って、ボウアもジル婆さんに新しいことを一つやれと言われたと言った時、親方の顔が歪んだよ。なんでもティルガン親方が先代の棟梁から独り立ちするときにジル婆さんの使ってる、いや使ってた、機織りを改良したらしい。よくはわからないが、今までの機織り機は足踏みが二個しかなくて縦糸が単に二つに割れただけらしい。それを親方は足踏みを六つにして色々なパターンで織物ができるようにしたらしい。当時また若かったジル婆さんがそれをえらく気に入って、滅茶苦茶織物に懲りだして、次代の機織りの師匠なれた。でもな、婆さんが師匠になったら今度は弟子たちにもその改良機織り機の使い方を無理やり教えさせようとして、かなりの弟子が逃げたと。俺にはわからないが足踏みが急に二つから六つになったら一気に複雑になるわ。しかも、ジル婆さんになんでこんな改良をしたんだって聞かれたとき、当時調子に乗ってた親方がおれら大工は一つ新しいことを加えることが独り立ちの条件だって誇らしげに話したらしい。で、おそらく、ジル婆さんの代になって新しいことを足すってのも機織りの間でも始まったと。おかげで無事修行を終える弟子がまた減ったと。
「だから、あれは失敗作だし、俺はそんな大それた人じゃねえよ。なにしろジル婆さんの弟子を減らしただけに終わったからな。いくら良いものができるって言っても、一人じゃ織れる量に限りがある。やはりたくさんの人が織ってるほうが世の中の役に役立つだろ。
今じゃ俺の作品の中で気に入ってるのはお前の家だ。川や井戸のないところでも暮らし、農業までできる。こんなすばらしく役に立つことはなかなかないぞ、しかも前代未聞だ。だからこれからも面倒を見てやるからな。あ、でももうすぐ普通に代金は払ってもらうぞ。でないと本当にお前のところが成功したことにはならんからな」
と言ってから親方は設置の終わったサヒット達と一緒に帰って行った。俺ちょっと感動したよ。でもなあ、そんな大層なことはしてないと思うんだよ。しかもこれ全部皆の助けがあって初めて出来たからな。絶対に一人ではため池を作ってたり、こういう家を建てたりは出来ないからな。ああそうだよ、お前もいなかったら出来なかったよ。ちっ、そこまで恩着せがましく言われると礼を言いたくなるな。ああ、はいはい、ありがとよ。まあ、俺も自分は頑張ってるとは思うよ。でも皆も頑張ってるからな、そこは俺だけ特別ってわけじゃないしなあ。
あと、親方もちょっと自分を責めすぎかなあ、と思ったな。親方も弟子たちに結構厳しいと思うんだよな。サヒットだけでなく、他のお弟子さんたちもあの樽を作れたし、機織り機も設置できるんだよ。皆相当の腕を持ってるわけだから甘かったらそんなことにはならないと思うんだよなあ。え? お前もそう思うか? じゃあ親方の人徳が弟子を引き付けてるだけなのかなあ。ま、ヤマトの言うとおりだ、俺はジル婆さんのことよく知らないからな。ましてはお前はあったこともないからな。
と思いながら、俺は一旦は穴掘りを中断して、動物たちの世話をしてからから家に帰った。
そうしたらボウアがもう張り切って部屋の中で脚立を立てて機織り機を点検してたよ。ヤマトはこのタイプは見たことが無いとかいってるし。今度はこっちの話も聞かされた。なんでもヤマトの知ってる機織り機ってのは横になってて座ってギッタンバッタンするらしい。でも今現在家にあるのは上下縦に長い。で、ヤマトがどうしても知りたいと言うからボウアに聞いたら嬉々として説明するわ説明するわ。こういう所はやっぱりサヒットの妹なんだなと思ったよ。
で、だな。なんでもこれは織物を上に織っていくタイプらしい。ヤマトも途中から頷いていたよ。え、かやの外は俺だけか? どういう意味だよ上に向かって織るって、わけわからん。母さんのやつは布が手前に伸びてくるぞ。そして、出来た布は下でクルクル巻いていくという。なんか俺にはますますわからない。でもまあ、ボウアにちょっと実践してもらったらわかることもあった。こいつには足で押すところがあって、それを押すとてこの原理で上にある二本の長い木の棒がパカッと開くんだよ。そうすると、縦糸が、まだ張ってないから俺にはよくわからんが、長い木の棒からなんか輪っかみたいなもので吊らされているので、糸が二つに割れて、そこに横糸を通すと。で、そこに上からつらされているそこそこ太い棒をバッタンと落として、糸をギュッとさせると。で、太い棒を上げて、また足をうごかすと今度は上の長い木の棒が反対方向にパカッと開いてまた横糸を通すんだよ。こいつも横幅がデーンとあるからおそらくジル婆さんが最後に織った幅二メートルの織物もできる。しかし、この機械はでかいな。
今日の夕飯は俺一人で食ったわ。ボウアは西日を頼りに遅くまで機織り部屋にいた。あとで暗くなってから食べたらしい。うさぎたちは今日も可愛かったな。
ペルシャ絨毯とかを織る時は縦に織ります。ここでの機織り機はそれの発展形と思ってください。