35)8歳 19月30日 雨水の行方を見る
家の裏に掘りと土手を作っている途中に雨が一回降った。そして、完成してからもまた降った。はっきり言ってこの水を無駄にしてるのがもったいないと思う。水の流れを見てるとすごい量の水が降ってくるのがわかる。これ大雨に備えて作ってよかったわ。
でだ、ヤマトどう思う? え、なにが? この水の有効活用だよ。わからない? うーん、お前に農業について聞くのが間違ってたな。俺もよくは解らないがこの家の裏の堀と土手の所に水やりの必要な柑橘系の木を植えたらいいんじゃないかなと思ってるんだよ。じゃあ、なんで聞いたのかって? そりゃあ、あれ、なんでだろう。とにかくここなら水も少しは貯まるし、あの土手の先に小さな池を二つ掘ってもいいような気がする。いやいや、一人で二十メートル×二十メートルの池なんか掘るわけないだろ。そうだな、せいぜい三メートル四方とかそんなもんだよ。まあ、深さは恐らく二メートルくらいは掘らないといけないと思うが。そしたら、ほらその水を使ってこの辺で水やりできるだろ。あ、魚も育てられるな。そうだよな、ため池でなら今でもできるよな。
よし、今から魚を捕まえるかごを作るぞ。ボウアと二人でかごをいくつか作れば魚もいっぱい取れるだろう。
「ちょっと竹取ってくる」
「はーい」
よしと、これだけあればえあれば今日にもできるわ。穴掘りは午後、日が少し傾いてからだな。
とまあ、竹を取ってきて、土間で二人で魚を捕まえるかごを作った。そして魚をおびき寄せるエサをかごに入れて、裏の川に沈めてきた。ついでに少し貯まってた洗濯物もすませてからお昼ごろ家に帰ってきた。
そしてお昼、玄関先で干した洗濯物から排水溝に水がぴちょっぴちょっと落ちるのを見ながらボウアに聞いた。ヤマトに聞いても多分役に立たないからな。
「なあ、今は家で使ってる水って排水溝に捨ててるだろ」
「当たり前じゃない」
乾季終わってるからゴミ捨て場兼堆肥に水を足す必要ないしな。
「あの水を使ってなんか育てられないかなと思ってさ」
あ、顔をしかめてる。
「えー、いいの? なんかあの水で育った野菜は食べたくないな」
「まあ、それは俺もだけど。でももったいなくない?」
「まあ、あの乾季の事を思い出すとね」
やっぱり、ボウアもあれはトラウマってやつになってるよな。
「果樹とかも考えたけど、やっぱり食べるものにはなんか使いたくないんだよね」
「そうねえ」
と、ボウアの眉間にしわがよる。おお、我が妻よ、そこまで考えなくてもいいぞ。
「なら日陰を作るためって割り切って木を植えたら? 食べられなくても、こう葉っぱの大きい木とか」
「ああ、それなら一応有効活用ってのにはなるな」
大きい葉っぱなら雪隠に行くときにでも使えるな。いや待てよ、だったらここにさっさと竹を植えよう、日の日差しから守ってやれば羊の耳も育ちやすいだろうな。やっぱり妻のほうがヤマトよりも頼りになるな。あー、はいはい。そうですね。
とまあ、食後に妻は村に行き、俺は少し休んでから家の前の排水溝に流れる水の道をもうちょっと大きくして、家の少し前に小さな掘りを作った。こっちの堀は水が少し貯まったら、すぐ残りはあふれだして、さらに西に敷地外へ誘導するように作った。これはまあそんなに時間がかからなかった。
問題は小さい池を二つ作ろうとしたときだった。最初はちょっと調子に乗って西側に四メートル四方の穴を一メートル掘った。はっきりいってそれだけで今日は終わったよ。なんか最近穴掘ってばかりいる気がする。
穴掘りが終わって、裏の川で仕掛けにかかった魚を桶にいれてから水浴びをしてるとボウアが帰ってくるのが見えた。彼女もそのまま水浴びをして一緒に帰る途中に機織り機の話になった。
「今日ね姉弟子のケーバ姉さんに会ったの」
「ああ、元気だった?」
ケーバさんはジル婆さんの一番弟子だな。この村にも残った。
「うん、元気だよ。でね、ジル婆さんが引退するからもう機織り機は要らないって言ってたの知ってるでしょ」
いや、それは今初めて聞くけど、まあ頷いておく。
「だから、ケーバ姉さんがジル婆さんの機織り機を引き継ぐことになったの。アシュリンさんは使えこなせないから要らないって言ってたし。そしたら今度はケーバ姉さんが今使ってる機織り機が必要なくなったのよね。それで、よければ私にどうぞって」
アシュリンはジル婆さんの姪御さんだ。
「ああ、なるほどね。いい話なんじゃない?」
「私なんかが機織り機もらっていいの?」
「あー。うん。俺はな」
と、ちょっと考えてから言った。
「もらったほうがいいと思う。弟子を育てろって言われたんだ。そのためには機織りを続けていつでも弟子を育てられる環境を整えておいたほうがいいと思う。こういうのって、やってないと腕がなまるっていうしな。もっと自信を持とう。最後のほうはちょっとあれだったけど、ジル婆さんにもボウアが最後の弟子だと正式に認められたんだから」
「んー、そうかも」
と妻がなんか吹っ切れたように遠くを見ながら言った。
俺は魚を丘の上のため池に入れ、ついでに川で取って来た水草とかも放り込んでおいた。その次の日も次の日も次の日も穴を掘ったよ。ちなみにこっちのちいさい池の深さは二メートルだけど、下の一メートルは疲れてたから三メートル四方にしておいた。十分だろ。
穴掘りはもう当分はいいや。