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34)8歳 19月7日 「いただきます」

「いたただきます」という言葉は素晴らしいですね。

 つぶらな瞳が俺を見ている。


 あれ、いつもとは違う時に来たけど、美味しいプレゼントでもあるのかい?


 そんな感じに完全に俺を信じ切った顔をして見ている。ああ、かわいい。体を寄せてきた。耳もピクピクさせている。なでると甘えるようにさらに体を寄せる。優しく抱き上げて、愛しく腕に抱える。暴れることは一切ない。


 そして俺は鶏兼兎小屋を出た。腕には兎がいる。いや、違う、この子はうさ吉だ。ヤマトがそう名付けた。


「何やってんの? さっさと兎を持って来てよ」


 土間からボウアが俺を、うさ吉を呼ぶ声が聞こえる。


 ああ、だめだ。俺にはもうできない。そうだ、ヤマトの言う通りだこの子には輝かしい未来がある。それを奪う資格が俺たちにあるだろうか、いや無い。生き物は等しく平等だ。


「まだしてないの? 貸しなさいよ」


 と、家から出てきたボウアが俺からうさ吉を奪った。ああ、うさ吉よそんな目で俺を見るな。彼女は俺の妻だ。怖がることは無いよ。あ、いや、恐怖するしかないか。しまった、いやだめだ取り返してたら俺がしなくてはならない。


 と、色々考えていたら、ボウアが兎をさっと苦痛を感じさせずに絞めてさばいた。ああ、以前は俺もこれを実家で普通にやってたな。だめだ。俺にはこれはもうできない。


 お前のせいだぞヤマト! なんで兎に名前を付けるんだよこの馬鹿! だから言ったろかわいがりすぎだって! うるせえ! 確かにお前の言う通り、水不足で、一人の時に、うさ吉は俺のことを……


 とまあその日の昼飯にうさ吉が出てきたとき思わず手を合わせて言ってしまった。


「いただきます」


 あ、ボウアがこっちを不思議そうに見てる。そうだよな、今までご飯の前に手を合わせてなにかを言うなんてなかったもんな。もう自分から白状するか。


「いやな。ここで新しく農家を初めてな、改めて命の大事さを感じるようになったんだよ」


「あら、それはいいことね」


 普通に食べに戻ったな。


「でだな、今はこうして食材になった生き物たちに感謝の気持ちを込めて『いただきます』っていったんだ」


「へー」


「『命を』って付けようとも思ったんだけど。ご飯を作ってくれたボウアにも感謝をこめたかったから、外した」


「何言ってんのよ。朝ご飯はよくあなたが作ってるし、夕ご飯も私が村から遅く帰ってくるとき作ってくれてるじゃない。今更よ」


「でもな、やっぱり感謝の気持ちは忘れちゃならないと思う。だからさ、これからも食事の前に『いただきます』って言っていいか?」


「え、何変な確認してるのよ。そんなのは好きにすればいいじゃない。食べる前に一言いうだけなら邪魔にもならないし、かまわないわよ」


「そうか、ありがとうな」


 早速その日の夕食から俺の食事はヤマト式に「いただきます」から始まって「ご馳走様でした」で終わるようになった。


 ボウアも一週間後くらいには俺にならって言うようになった。


 とまあ、ここまでだったらいい話で終わるんだけどな。あのあと俺が兎を殺せないことが妻にバレた。


 そしたらまあ、怒るわ怒るわ。なんで鶏は出来ても兎は出来ないんだとかも言われたし。まあ、確かに変だよな。でもこの怒りようってジル婆さんからの悪い影響か? あの人よく怒鳴り散らすとか前に言ってたよな? え、お前覚えてないのか。まあ、いいや。とにかくひとしきり言いたいことを言ったあと、ボウアがこれからは兎の面倒は一切しないって宣言したわ。しかも俺が兎の世話をしてるとこを見ると嫌そうな顔をしている。これは多分ヤマトが閉まらない顔をして世話をしてるからだと俺は思う。そうだよ! 俺は悪かねえよ、お前のせいにしてんだよ。


 でもな兎の糞はいい肥料になるんだよ。それに野菜の食べ残しを食べてくれるから育てるのはタダなんだよ。それに肉も食べられし、農家でやらない理由はないんだよ。ただウチでの消費量がほぼ無いので数が増えて来てるってだけで。本当どうしよう。


 ちなみに「いただきます」と「ご馳走様」は今も二人とも続けてる。


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