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33)8歳 19月2日 ジル婆さんの引退

 今日はボウアがジル婆さんの所から昼過ぎに帰ってきた。大きな布を持ってる。


「お帰り」


「ただいま」


 あれ、元気ないな。その布は最後に織るやつだったのじゃないのか?


「どうしたの」


「私、自分の事が嫌い」


「え?」


 と言って、すぐ家に行った。なんかあったかなと思ったけど、その時は何も聞かなかった。そして日が照っていて暑いなか、俺は家の裏での土手作りを再開した。


 さっさと聞いてやれ? いや今のアイツはそっとしておいたほうがいいと思う。それにこれはこれでやらないとなんかちょっと怖い。うん? お前も親方に聞いたろ。雨水が洪水みたに来たら終わりだって。お前はこの辺の大雨の事を知らないかもしれんが、あれは凄いぞ。本当に大量の雨が降ってくるんだ。え、だから親方の言う通りにして家をこっちの西側に建てた。まあ、そうなんだけどさ、こっちは丘だろ? 最近の雨を見てると家の裏にある丘から絶対に大量の水が来ると思うんだよ。まあ、ちっとは高くなってるから大丈夫だとは思うけど不安なんだよ。


 いや、俺も親方は信頼してるし、家自体はそんなに不安じゃないんだよ。排水溝だってあるし、この家は村のほかの家と一緒で高床式だから水が少し来ても問題ないと思う。問題は土間だよ。実家だったら、まあ、ちょっとは水浸しになっても、大雨が終わったら引いていって、かまどとかが乾くのを待てばいいだけだけどさ。この前ここの家の下をのぞいたら、この家も普通の家と一緒で地面の上に土間があるんだよ。いや、土間なんだからそれが当たり前だって? そりゃそうなんだよ。ん、なんか、ヤマトにこっちの当たり前だって言われるとムカつくな。ああ、悪い悪い。そうじゃなくてだな、雨水が排水溝を越えてこの高さ突破するくらいの勢いで突っ込んできたら、土間が流される。いやまあ流されることはないと思うが、ここがかなり酷いことになるような気がするんだよ。


 な、わかるだろ? でさあ、お前どっちがいい? 家の下に潜って、土間の周りにもう一個溝を掘ってを水を逃がすのと、家のそとに土手を作るの? な、いやだろ? 家の下に潜って溝なんか掘れないよ。井戸掘りよりも酷いよ。


 だから俺は家の裏に堀というか土手を作ってる。俺もため池を掘る手伝いをしたからこの作業がどのくらいかかるか大体わかるようになった。この作業キツイし、時間が結構かかるのもよく知ってる。でもやらない理由はない。家の横幅は十二メートルだから、そこにちょっと余裕を持たせて幅十四メートルくらいの土手を家の裏、丘の上の方からやってくる水を押し分けるように「ハ」の字のように作る。中央は念入りに大きく分厚くしておこう。そして今度はその両端から土手を五メートルずつ伸ばして水の流れを誘導してやる。全部で二十四メートルくらいか、あ、もっとか、曲がってるもんな。まああと三日か四日やれば終わる。


 暑すぎたので一旦休んで、後で今日の残りの分の作業をしようと思って家に帰ってきたんだが、見えてしまった。おおおう。雪隠のほうも土手を作らないと。ま、あれは後回しだ。けど絶対にやっとかないとな。雪隠の穴が水浸しになったら悲惨なことになる。いや、お前だけじゃないよ。ボウアも鼻がもげるとか言いそうだわ。追加で一日か。まあ今月は始まったばっかりだし、大雨まではあと一か月以上ある。時間はあるな。


「ただいま」


「お帰り」


 うーん、なんかまだ変だな。どうしよう、聞くべきか聞かざるべきか、それが問題だ。


「お茶でも飲む?」


「飲む」


 まあ、お茶でも飲んで落ち着いてもらおう。話たければ自分から話すだろう。


 かまどの中を覗くと昼に使った火がまだ落ちてない。よし。ならばと火を奥の方にある小さなかまどに移してから薪をくべて、やかんに飲料水を入れ、それをかまどの上に載せた。ヤマトの言う通りに大きい台所にしてよかったと思うわ。男の俺でも狭いとは感じないからな。まあ、手洗い場が後ろにないだけで、土間の幅が三メートル取れてるのが大きいな。しかも今日みたいに晴れていれば開けっ放しにした玄関から光がちゃんと居間まで入る。


 水が沸騰したので、やかんを火からずらす。そしてカウンターテーブルの上にある収納から茶道具をだしてお茶の用意をする。実家で自分でお茶を用意していた時は俺はいつも熱湯をそのままに茶葉の入った急須に入れてた。そして単に母さんに比べて俺はお茶を入れるのが下手なんだろうと思っていた。が、ヤマトがこれは違うと言うし、ボウアも俺が入れるのを見ていてダメ出しをした。だから最近はボウアに教えてもらった通りに一旦沸騰した水を湯飲みに入れ、急須にもいれた。そして、急須の水を金盥に捨てて、急須の中が完全にキレイになっているのを確認してから、お茶の葉を入れた。最後に湯飲みに入ってるお湯を急須に入れた。ヤマトがこれもなんか違うような気がするとか言っていたが、俺はこれでいい。味も今までよりも格段に美味しいし、急須の中を一旦キレイにするというひと手間が気に入っている。


「はい」


「ありがと」


 お盆を持って居間に上がり、しばらく二人で静かにお茶を飲んでるとボウアがしゃべりだした。


 なんでも修行の最後のほうはジル婆さんのことが嫌いになりかけてたらしい。難癖をつけて自分の修行を終わらせないつもりなのかもと疑ったこともあったと。なんで、と聞いてみるとジル婆さんも年で弱ってきたのか機織りするのに本人以外に絶対一人必要になってると。そして最後のでかい布を織ってる時は三人でやってたらしい。ジル婆さんが足でなんか機械をギッタンと動かして、横糸を通して、それをボウアが受け取り、姪御さんがバッタンと棒を押して上げるらしい。ほんでまた婆さんがギッタンとするとこんどはボウアが横糸を婆さんに返して、また姪御さんがバッタンと。ヤマトがわかってないみたいだけど、俺もよくわからん。母さんが家でやってるのは簡易なやつだからな。機織り機が小さくて、足を伸ばして、腰でなんか引っ張りながら両手使って一人でやってる。手拭いとか簡単な布ならそれでできるぞ。と、いうか頑張れば服も作れる。ジル婆さんのやつは本格的なやつで俺は見たことがないから、まあボウアの言うように三人がかりで布を織るというのがわかればそれでいいと思う。


 で、この布が通常ジル婆さんが織ってる布の倍、長さも通常の六倍だったので、これを織るだけで、丸まる一か月。


 うん? 通常は幅一メートル、長さは長くても十メートルか十二メートルだぞ。これは以前にもボウアから聞いてるから俺も知ってる。でかいよな。こんだけあれば普段着二人分できるって聞いたぞ。最近ではこれを半分にして売ってるとも聞いたな。母さんが作る生地なんて幅五十センチに長さ三メートルあれば長いほうだよ。まあ、それで俺たちの子供時代の服を作ってたんだが。でも、職人は長いのを作ってそれを売って生計を立ててるから、まあ、これが普通なんだとさ。ジル婆さんは若い時には一人で一日に十五メートルできたらしい。まあ、相当集中して、寝食を忘れて十五メートルだと思うが。ボウアも十メートルくらいは普通に出来るんじゃないか。


 あ、そうか幅が二メートルだからボウアが横糸を返しているのか。腕が届かないもんな。へ、ヤマトより先に気づいたぜ。ああ、話に戻らないとな。


 そうだよな、六十メートルっておかしいよな? ボウアもそう思ってたもの。でもさ、今日それを織り終わったらおもむろにそれを三つに分けたんだよ。二メートル×三十メートルの規格外の布が三つだよ。で、それを全部ボウアに渡して。『これでこの婆は引退じゃ。だからこれはもういらん。やる。あとの二つはお前の姉弟子のものだ。お前はもう新しいことを見つけた、一人前だ。いいか、これまでこの婆がこれを織ってたのをじっくりと見ていただろう。儂がお前に出来る最後の選別はこの布ではなくこれの織り方だ。わかったらこれからは儂を頼るな。そして弟子を育てろ』と言ってジル婆さん家を追い出されたらしい。婆さんのその言葉を聞いてから姉弟子たちのところに行って布を渡すところまでは良かったらしいんだが、家に帰る途中泣いちゃったと。


「だって、私師匠の織るところよく見てなかった。ただ漫然と横糸返してただけだったのよ」


「そうか」


 そのあとは俺はまた外で掘りと土手を作ってから家に戻った。その日の夕食はボウアが作った。滅茶苦茶辛いカレーだった。夜は静かだったな。


ここで第四章の終わりです。ここまで読んで下さりありがとうございます。面白かったと思いましたら感想・評価・ブックマークの方もよろしくお願い致します。


第五章も引き続きよろしくお願いいたします。

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