27)8歳 16月9日 ボウアの修行が終わる
第四章が始まります。ここまで読んで下さりありがとうございます。よろしければ感想・評価・ブックマークの方もお願い致します。
タイトルも副題を付けてみました。
あれから数日後。ボウアは朝早く村に行く日もあれば、行かない日もある。今日は一日家に居た。そして晩御飯を居間で食べ終わったあとにちょっと聞いてみた。
「なあ、本当にジル婆さんの所こんな感じで終わっていいのか」
「だーかーら、もう終わってるのよ」
「え、じゃあなんでまだ行ってるんだ?」
「『もう教えることはほぼ無い。最後にお前がやることはなにか一つ新しいことを見つけること。それまではうちに来て大きい布を作るのを手伝うだけだ』って言われたのよ」
ジル婆さんにすごい似てる、ちょっと笑えた。
「あれ、じゃあ、修行は終わりだよな」
「でしょ、そう思うでしょ」
まあ、最後に大きい布を作りたいから来てくれって言ってるのか?
「それに最後に教えてもらったことがとんでもないのよ」
「うん?」
と、説明されたが確かにとんでもないな。
なんでもジル婆さん、独り立ちしてすぐの若いとき機織りに集中しすぎて、飯も食べずに、水だけ飲んで数日ギッタンバッタン織ってたらしい。で、そのうち雪隠に行くのも面倒になったらしくて、家の中で用を足してたらしい。ああ、ヤマトもそう思うだろ。まあ、水しか飲んで無いから、おしっこしか出てなかったらしいけど、いやだよな。だってお前の言うトイレじゃなくて、部屋の中におしっこの入ってる古い桶があるんだぞ。
で、まあ、さすがに本人もこれはヤバイと気づいたらしく、桶を持って捨てに行こうとした。話の行き先が見えるな、はあ。そうだな、オチが読めたってやつだな。そう、体力も減ってるから家の中でこけて中身をこぼしたんだとさ。ああ、そんな顔に俺もなってるだろうな。
でここからが変なんだけど、ぶちまけたところが貯めてあった洗濯物の上だったらしい。そして、慌てて井戸の所に持っていって水で洗ったんだけど、キレイになった所ともっとキレイになった所があると。で、それからはたまに飯を抜いて、おしっこを貯めて、それを使って洗濯をしてるんだよ。これ、とんでもないだろ、石鹸使えよ!
そして、一時の大ゲンカの理由はボウアにもそれをしてみろ、でないと一人前じゃないって言ったらしい。そりゃあケンカになるよ。俺だってそんなのいやだわ。で、さすがにジル婆さんも修行の最後の段階でケンカはよくないと思って、今じゃボウアにそれを強要してないってさ。でもたまに『試したか』って聞いてくるのか。
現在機織りの師匠と弟子がこんな状況になってる理由はどう考えてもこれだろ。ってかこれ機織りと全然関係ないじゃん。えっ? この話聞いたことある? 嘘だろ、どういうことだ。え、思い出した? なに、古代ローマでやってた? 嘘だろう? あ、ホントだ古代ローマのマンガにもある。とんでもねえなお前の世界! え、日本ではしていない、今はもうヨーロッパでもしていないか。当たり前だろうが! しかし、これ本当なのか?
「あ、ボウアちょっと待って」
「あ、ごめん、ご飯食べたすぐ後にこんな話して」
「まあ、でも話したかったんだろ」
「うん、こんなの家族にも聞かせられないよ」
と、妻が食器を下げて洗い場に持ってってる。話に関係ないけど、あの石の台場の上にある鉄の桶の水、全然温くならないぞ。結局もう一つの水置きになっただけだったな。
で、おしっこだ。これ本当か? なんでだ? あん、酸性とアルカリ性?なんだそりゃ。ほう、酸っぱいものが酸性。でそれを中和するのがアルカリ性。おい中和ってなんだ?はあ、水みたいになって、どっちでもないと。うん、なんで七なんだ? 中和ならゼロの方がいいだろ? あ、マイナスの概念がなかったのか。ああ、悪い、話がそれたな。そうか、皮脂つまり体からでる汚れは酸性なのか。なのでそれをおしっこで中和する。え、おしっこじゃない? アンモニア? まあいいよ詳しくはわからないなら。
じゃあ、話をまとめると、体から出る汗とかの汚れは大まかに言って酸性。それをアンモニアってやつで中和することによってキレイにすると。なるほど、理屈は解るぞ、でも気持ち悪いわ。おしっこなんか触りたくないよ。ああ、やっぱりお前もそうか。ジル婆さんは触ってるのか。ボウアに聞いてみようぜ。
「なあ」
「なあに」
「洗い物をしてる途中で悪いんだけど、ジル婆さんもしかして洗濯物をその桶に入れて手で洗ってるのか?」
「え、まだこの話をするの? うーん、確か手で触るのは嫌だから足で踏んでるっていってたわよ」
だよなあ。うーん、そうだな。
「じゃあさあ、浅い桶じゃなくて、小さい樽にあれを入れて水で薄めてから、そこに洗うものを入れたら?で、その樽のなかに木の棒かなんかを入れてかき回したら足でも触らなくていいからいいんじゃないか?」
「あ」
固まった。
「それだ!これで修行も終わる!」
なんかすごい顔でこっち見てる。ボウアの目ってこんなに大きかったっけ?
「へ、もう終わってなかったっけ?」
「あの新しいことを見つけるってやつよ!」
「ああ、ええっ、ただの木の棒が新しいことになるのか?」
「うん、さすがにそのままじゃ駄目ね」
あ、もう完全に手が止まってる。
「木の棒に羽をつけたらいいかな」
「え?」
羽? なんだそりゃ、棒が飛ぶのか?
「だから、」
「ちょっと待って、俺が洗い物を一旦やっとくから」
俺が土間に降りていくと、
「待っててね」
ボウアが手をふいて物置に行ったわ。まあ、俺は洗い物をやっておこう。
なんだヤマト、この話まだ続きがあるのか?俺食器とか洗ってんだぞ、気持ち悪いだろ。まあ、いいよ。さっさと話せ。うお、ヨーロッパの北の方では半年もおしっこを寝かす?!そんな十二か月もできるかっ。て、お前の世界の半年ね。うーん百八十日か。そのほうがアンモニアが強くなる?なんでだよ?え、知らないのか。ああ、化学ってやつか。そうかあ、百八十日、約五か月か、出来なくもないけど、臭くね?やっぱそうだろ。まあ、でも試してみる価値はあるのか?おしっこを使わない壺に入れて蓋しとくか。
あ、ボウアが薄暗い中ちゃぶ台でなんか書いてる。洗い物を終えた俺が居間に戻りながら、
「なに書いてるの」
と聞くと、
「羽」
って帰ってきた。訳が分からないから手元を見ると、おうロウ板があったわ。サヒットに作ってもらったのか。しまった、俺がプレゼントしようと思ってたのに。いかん、夫、失格だ。ああ、親にもまだ作ってないわ。お、ああ、羽ってこういうことね。
そこには色々な棒の絵があったが、右下に大きく木の棒にトンボの羽のようなものが四枚付いていたものがひときわ大きくロウに書いてあった。
「これなら手でも足でも触らなくでも棒をかき回すだけでジャバジャバなると思うわ」
「そうだね。なら早速サヒットに言って作ってもらったらジル婆さんも喜ぶんじゃないか?」
「うん、明日にでも村に行くわ。まさかケンカの種が修行の終わりになるとは思わなかったわ」
あ、でもこれ機織りと関係ないじゃん。修行本当に終わるのか?