20)8歳 13月9日 天の恵み
「バンザーイ、バンザーイ、バンザーイ」
嬉しすぎてヤマトの言う万歳三唱をしたぜ。ついに雨だよ。こっちに来てからほぼ一週間降らなかったからな。三つの大樽の内二つは空だからな。と、言うことで俺は今雨合羽を着てため池の前まで来てる。まあ、ここにはだれもいないしね。でも今絶対に家にはサヒットが来てると思う。雨だしな、小屋に居てるよかこっちにいるほうがいいよ。
「よう久しぶり、ってびしょぬれだな」
「おう、上がってけ、上がってけ。あの小屋じゃすることがないだろ」
雨も降ったし、ろ過してる樽の水の流れを二つ目の樽に念のためにかえておこう。
「そうでもないらしいわよ、兄さんがやりたいことが出来ないって愚痴ってたわ」
なんか居間が暗いな。あ、そうか土間が倍の広さだから明かりが奥まであんまり入ってこないのか。しかも今雨だし。うーん、こんな計算違いがあったとは。晴れてるときは問題ないんだがなあ、雨の時にますます暗いってちょっとやだな。
「へー、なにがしたかったんだ」
雨合羽を外の土間に干してから、家に帰って聞いたら、
「いや今乾季だから木を切って乾かすのにちょうどいいだろ?なんで休みの日に雨なんだよ」
「なるほどな。でもな。この雨のおかげで今お前の飲んでる水があるんだぜ」
手を洗って、俺も水を貰おうっと。
「ああ、その樽な。上手くいってるようだな」
「もう何度も言ったじゃない、あれは凄いわよ。なんでみんなあれ使わないの?」
「いや、それはさっき説明したろ」
サヒットがまた説明してるがどうも説明が下手だ。ボウアに伝わってない。
「お前は口だけで説明するの下手だけだから、見せたほうが早いだろ?」
「でも俺また濡れたくはねえよ」
「ああ、はいはい、ボウア、ちょっとこっち来てみてよ」
「わかったわ、ついでに水のお替りいる?」
「いる」
って言いながら寝転んで、自分の家のようにくつろいでんな。まあ、お前も親方と一緒にここ建てたけどさ。
と、ボウアと外の土間のひさしのところまで行って、小樽の階段をちょっと上って雨どいを見せたら彼女もすぐ理解した。これ雨どいを脚立使って定期的に掃除しないといけないし、わらぶきの屋根だと雨どいを付けて、そして外すってことが難しいんだよ。だからこの家は板ぶきになってる。まあ、たぶんわらぶきでも下の方に棒を一本通したら雨どいを付けられると思うけど、今度はその雨どいがちゃんと屋根から落ちてくる雨を受けることができるかっていうと微妙なんだよな。
ってことは村でこのやり方を採用しようと思ったら屋根を板ぶきに替えないといけない。そして、樽も作らなくちゃならない。こっちはどうせ最初から全部作るってわかってたからこうしたけど、あっちにはすでに井戸もあるし、屋根もあるし、なんかきっかけでもない限り替える人はいないだろうなあ。
ついでになんでこの小さな樽にいったん水を貯めてるのか聞かれたけど、ちょっと迷った末、正直に鳥糞の懸念について話したら納得してくれた。この説明をしながら家に帰ったら、サヒットのヤツ、急に起き上がって嬉々として小樽の細工について説明しだした。けれど、やっぱり何言ってるのかいまいち要領を得ない。ヤマトはなんかわかってるぽいな。大丈夫だし、俺たちにはできることはないから気にしなくていい? そうか。
まあそのあとはお茶を入れてそれを三人で飲みながら、この家、特に寝室のこととか、ボウアとサヒットの甥っ子たちのこととかとりとめも無いことを話してたけど、さすが乾季、雨がもう止んだ。
「なあ、あの大きな樽の中にさ、どのくらい水が貯まったか外から知る方法ないか?」
と俺が聞くと。
「うん? うーん、ねえな。竹筒をどかして蓋を開けて見るしかないんじゃないか」
「それは面倒くさいわね」
まああの大きいほうの樽に竹筒をキッチリと入れて布でまいてそれで蓋をするのはそこそこ面倒だ。なんせ水を取り出すとき毎回毎回だからな。なんかないかヤマト? うん? 滑車と錘と浮きを使うってか。
「うーん」
ここは俺も考えるふりして、ヤマトと話そう。え、本当は一人だから実際に考えている? まあ、そうか。で、どうすんだ? ちょっと重いけど水に浮かぶ物を樽の中に入れる。で、それに紐をつけて滑車を通して樽の反対側に紐を伸ばす。そしてその紐の先に錘をつける? 錘が地面に近ければ樽は満タンで逆に錘が上に上がればあがるほど水位が下がってるか。
「なるほど」
「なにが『なるほど』なんだよ?」
サヒットが聞いてきた。
「あ、いや滑車と紐と浮きと錘を組み合わせたらどうかなって思ったんだよ」
「え、どういうこと?」
と、今度はボウアか。
「樽の中に浮きを浮かべて、その浮きに紐をくくってその紐を樽のそとに垂ら」
「いや、だめだ」
説明終わるまで待てよこら。
「おい、まだ説明終わってねえぞ」
「いや、だめだ。あの布とかは蚊を防ぐためにあるんだろ。樽に紐を通す穴を空けたら意味がなくなる」
「え、なんで急に蚊の話になったの?」
「あ、ごめん、ボウアには言ってなかったね。家が完成する前にこの樽を試験的においてみたんだよ」
「そしたらこいつ、蚊に刺されまくって、アヴィンから話は聞いたが大笑いしたよ」
ああ、もういいや、サヒットに説明させよう。
「え、だからなんで蚊の話になったの」
「この樽って問題があるんだよ。蚊が樽の水のなかに卵を産んで、そんでわんさか出てくるんだとさ」
「えっ! そうだったの」
そんな顔してこっちを見ないで欲しい。その時は俺は知らなかったんだよ。
「だからノックスがこの布をかぶせようといったんだよ、布なら蚊も入ってこれないし、水で溢れても問題無いしな。それを自分からダメにするなんて、本当にちゃんと考えてんのか?」
「おい、一応この樽に水を集めて、布をかぶせるとは考えただろうが。あと樽を二個使うというところまで。それに蚊さえいなければこれだって上手くいくと思うぞ」
「ま、蚊とか関係なく私はこの樽を気にってるわ。兄さんが作ってくれたんでしょ。改めて、ありがとね」
「まあ、そうかもな。それにいいってことよ。水もれのしない樽を作れるってのは一人前になるためには必要な技能だ。ただまさか樽に穴を空けても漏れないようにするってのは聞いたことがなかったがな。それにお前が最初に紙に書いてたように立てて、樽の構造上重要なところに蛇口? てやつを付けるのは大樽では無理だったからな」
「ハハハ、いいじゃねえか、これで親方にも褒められたろうに」
まあ、だから家の前にはワインセラーってやつ見たいに大樽が三つ横に並んでんだよな。確かに異様だよな。え、家の裏の方に隠しておくべきだったと思うのか?
「そうよティルガンさんに褒められるならすごいわよ」
と、まあ話してから完全に晴れたのでサヒットは切る木を見に帰っていった。
「ところで、水の流れはわかったの?」
「ああ、なんとなくだけど歩きまわった甲斐があったよ。この前杭を打って目印つけたけど、そんなに変更しなくもいいみたいだ」
「ティルガンさんに色々教わった甲斐があったわね」
「まったくだよ」
「じゃあ、最初に何をしようか?」
「俺は果樹を植えたいな」
「あ、そっちね、私は鶏小屋を作りたいわ」
「ああ、卵かあ、そうだな今日から小屋の準備を始めて、明日には親父のとこ行って果樹の苗とか取ってくるか」
「私も手伝うわよ」
「え、いいよ、まだ修行が終わってないでしょ」
「なに言ってんの、二人で協力しましょ」
と、まあ雨降って万々歳な日だったよ。