11)7歳 11月8日 また土地を見る
十月が終わり、十一月に入り、ついに村長と前もって決めていた井戸掘りの日が来た。十一月から乾季だから家のことをやるにはこれからがちょうどいい。
「サヒット、井戸はこの辺りでいいのか」
あれはだな、家の敷地を見るために大工の棟梁のティルガンさんが来てる。それと井戸掘りのために若衆が五人来てる。あと村長の末娘のイーヴがなぜここにいるのかは俺もよくわからん。
「うーん、親方がそこがいいと思うならそこがいいと思います」
「おいそろそろ一人立ちするんだから自分で決めろや」
親方が自分よりもだいぶ背の高いサヒットの肩をぽんぽんとたたく。
「小屋はこの川の近くにするのが無難だと思いますわ」
イーヴが口を出す。この子はまあ、ちょっと背が低いけど普通の猪人だよな。四角い顔で顎もある、黒目のショートカットの茶髪、ちゃんと牙も小さく見える、口元の左上にほくろ。肌もしっかりと小麦色に焼けている。鼻は普通。
「こっちは丘の村側だし、この辺りの木を全部切ったあとでも、丘にも十分近いからその奥にある林から切り出す木材の運搬も問題ない。あと小川も近くにある。だからそこに小屋を建てたい。というわけで井戸はここでお願いします」
「よしわかった」
サヒットと棟梁となぜかイーヴが三人で木を見て回って、印をつけている。
ああ、確かに暇だな。今の俺らにはなにもすることがないよな。
さっき言った言葉は撤回だ。井戸掘りってこんなに大変なのかよ。穴を掘って、出た土をどける。なんでこんな簡単な作業がこんな大変なんだ畜生。しかも狭いし、こんなところ二人も入れる穴じゃないだろ。サヒットがデカすぎて入れないから俺が代わりか。俺の土地の時は絶対こき使ってやる。
とまあ、大変だった井戸掘りも交代交代で進めたら、無事お昼すぎくらいにはおわった。お弁当をみんなで食べて休んだあとは俺の方の土地だ。
「本当にこっちでいいのかノックス」
丘の向こう側へと歩きだすと棟梁のティルガンさんが心配になって聞いてくる。
「ええ、丘を越えますがこっちだと使える土地が狭すぎて」
「まあ、そうか、しかしそっち側だと井戸掘りが難しいかもしれんぞ」
やっぱり棟梁もそう思ってるのか。ヤマトの考えを実行に移すぞ。
「わかってます。なので、こっちには井戸を掘るのではなくて大きな穴を掘って池を作ろうと思ってます」
「あー、聞いたことはあるな。ため池ってやつだ。でも池だと水がきれいにならないかもしれんぞ」
「まあ、そこをなんとかするためにこの土地ではちょっと色々と試そうと思ってます」
「おい、試すのはいいが破滅するのは勘弁してくれ。この村からはまだ税金兵が出てないんだぞ」
税金兵ってのは税金が払えない若い男が代わりに兵役について、傭兵として国から他国へ貸し出されたり、激戦に最初に投入される兵隊だよ。まあ村の運営が上手くいってないと言う事にもなるな。
「俺だってそんなのはいやですよ。俺はボウアとここで末永くイチャイチャしていたいんですから」
「おう、いいねえ、まだ若いのにノックスは解ってるじゃないか」
「その言葉と妹の名前を一緒に使うのは俺のいない所にしてほしいな」
「そうですわ! イチャイチャだなんて!」
本当なんでイーヴがここにいるんだよ。
「というかなんで成人前のイーヴがここにいるんだ」
そうだ、言ってやれサヒット。
「私は村の辺境を実地で見て、お父さんを助けようと思ってるだけです!別にあなたたちの将来の住み家が気になってる訳じゃありません」
は? ツンデレなんだそれ? おおう、面倒くさすぎる。ガキじゃないんだからさっさと自分の気持ちに素直になれよ。あれ、イーヴはガキ、成人前だからいいのか。え、そうだよ、今五歳だ。お前の言う中学だな。本来ならどこかに弟子入りしてるか親の稼業を手伝うはずなんだが。いや違う。村長職は世襲制ではないから。なんでお前はこんなにイーヴに好意的なんだ。ほう、ヤマトはツンデレってのが好きなのか? へっ、道理でモテないわけわけだよ。はあ?
「おいノックス大丈夫か?」
「あ、うん大丈夫だぞ」
全然大丈夫じゃないです。頭ががんがん痛いです。はい、俺が悪かったです。
「そうなのか、何か顔色が」
「ノックスの顔色なんてどうでもいいのです、それよりも本当にこんな辺鄙なところで大丈夫なんですか?」
おい露骨にサヒットとイーヴを見るなよ。なるほどツンデレってのがわかってきた。お前はそうかもしれんが、俺はこんなのはごめんだな。それにここにはそんな文化がないから空回りに終わる未来しか見えん。
仕切り直しだ。ここの地形をもう一回説明するぞ。ここの土地はほぼ長方形で一辺は海沿い約五百メートル、そしてもう一辺は海岸から丘のほうまでまっすぐ約一キロメートル。海岸から二百メートルくらいは使えん。大きい満ち潮になると波がそこまで押し寄せるからな。で、残りの八百メートルのうち七百メートルから七百五十メートルくらいまではなだらかに上り、丘の頂に着く。残りの五十から百メートルは丘の反対側にぐっと降りていく感じで小川が一本流れてる。
つまり村から新しくできる家に来るにはこの丘を越えないといけないから少し不便になるんだよな。ここはもう少しなだらかであってほしいところだ。
そして海に向かって、まあ、北に向かって右側、つまり東側にサヒットの土地があって、そっちの土地は丘の部分が結構多く、木が多い。西側の土地は岩が多くなり、川もなく不毛な土地が六百メートルくらい続いてからまたもや海になるので、当分は無人地帯だな。つまり俺の土地の北西には小さな岬があるってことだ。杭は打ってあるからここに入植しようと思えば出来ると思うが土地がサヒットの隣にまだまだ余ってるのにそれをやるやつはいないだろう。
「で、ノックスはどこに池を作りたいんだ?」
「そうですね、丘の上のほうがいいかなと思ってます。で、家は丘の上から三分の一くらいの所に斜面を利用して建てたいと」
「そうか、丘の上ならため池から水を引けるし、斜面に家なら大雨の時に水浸しにならんな。うん悪くないぞ。ふむ、よし、見て回ろう」
棟梁のあとをついて俺たち八人がぞろぞろ歩く。三十分もしないころ、
「この辺かな。ここなら自然の地形も利用して雨が降った時には周りの水をため池に誘導できるぞ。広さはどのくらいだ?」
「そうですね、だいたい深さは一歩から二歩くらいで、縦横三十歩くらいでいいと思うんですが、今日の午後だけで大丈夫ですかね?」
「井戸みたいにどこまで掘ればわからないというのに比べればこっちのほうが精神的には楽だがその広さと深さはかなりの量だぞ。」
「縦横二十歩くらいなら」
「四百か、まあそんなもんだろ。今日中に終わるとは思わんが、お前らは早速始めろ、深さは一歩でいい。サヒットも手伝え。ノックスは俺とちょっとこい」
と棟梁が早速木を見に歩きだしていてので、ちょっと小走りになる。
「いいか、この辺と家の上よりある木は引っ越したら切っちゃなんねえ。土砂崩れが起きるかもしれんからな」
「そうなんですか、わかりました。なるべく切らないようにします」
あれ、ヤマトも知ってたのか。でもなんで土砂崩れが起きるんだ?え、いいから棟梁の話を聞けって、はいはい。
「で、あとな、丘の下の、海の方へ向かうあの辺が見えるだろう」
「えーと」
棟梁が指さしてるけど、正直ちょっとわからん。
「あのちょっと木が茂ってるとこだ」
「あ、はい」
「あそこはたぶん窪地になってるから、あの辺を利用してもう一個池かなんか作れるかもしれない。でも田んぼは作るなよ、水はけは良くないと思う。それよかこっちの丘のほうで、土地を整備するのは大変だが、棚田とか段々畑ってやつをやったほうがいいと思う」
「わかりました」
お前も全面的に賛成なのか。なんでだ?農業やったことあるのか?ないのかって。おい、じゃあなんでだ?カン?この人は信用できるってカンか。
「百歩×百歩という一角にはならんだろうから、細々とした棚田の面積を一つ一つちゃんと図れよ。おそらく全部で一角超える分の水はため池では確保できないからそこは覚悟しとけ。がその代わり周りの土地が水を吸い込むからコメほど水の要らない作物ならこっちの丘でも結構色々と育つと思うぞ」
確かにこの人はすごいな。
「親方はすごいですね」
「二十年近く生きてるけどな、水の流れと木の生育くらいが解るようになっただけだ。それに平地での農業に関してはお前やお前の親父さんのほうが詳しいだろう。で、家を作る時に使う木はどれがいい」
午前はこういう話を三人でやってたのか。あれ、でも今は俺と親方だけだよな。
「あ、それは親方に任せます。俺にはどの木がいいのかわからないので。でもちょっと多めに切ってくれると助かります。屋根をわらぶきではなく板ぶきにしようと思うので」
「板ぶきか、町の家みたいだな。おっしゃ、こっちで切る木に目印をつけといてやる」
「お願いします」
と言ってから俺はため池予定地に戻ったらちょっとおどろいた、イーヴが若衆とサヒットと一緒に土掘ってる。なんか若衆もイーヴがいるからかちょっと張り切ってるし。
「あ、ノックス、あんたも手伝いなさいよ、自分のためでしょ」
「ああそうだな」
ここは黙ってみんなと一緒に作業をするときだな。
これは井戸掘りよりも作業量が単純に多いからそこがキツイ。午後では二十メートル×一メートル×一メートルの堀を掘れただけだった。これだとはもっと人手がいる。でも掘った土地を盛り上げると池の深さが合計で軽く一メートル半くらいになるからそこはいい発見だった。牛二頭じゃ足りないだろうなあ。
夕焼け時の帰りの荷馬車の中は静かなものだったよ。みんな疲れ切ってた。ごめん。
『みてみん』様に地形図をまた投稿しました。
https://33111.mitemin.net/i466485/