10)7歳 10月32日の朝 ボウア
そしてこの日はそのあと朝食を食べる前にサヒットとボウアの家に行った。村の朝は早い。ついでに夜も早い。油を無駄に燃やす人はいないから暗くなったらすぐ寝る。それに太陽がキツイ、炎天下の下での作業は避けたいよな。
「ボウア」
「ノックス」
ようやく会って抱き合えた。なんかたった三日会えなかったのに久しぶりに感じるわ。この体の温もり、しかもいい匂いしてる。お互い特別に背が高くもなく、低くもない。だからこれでぴったりくっつくからいいんだよ。うるさいぞヤマト、オーク娘って今度言ったらぶん殴るからな。
隣り合ってボウアの家の敷地の端の方に行く。何せ土間ではお義母さんとノーラ姉さんが朝ごはんの用意をしてるし、いつサヒットやその親父さんが庭に出てくるかわからない。
「久しぶりって感じがするわね」
「たった三日じゃないか」
心とは裏腹だと、うるせえ。なんか言っちゃったんだよ
「四日目じゃない、まあそれはいいけど。話を聞いてくれる人がいないからかな」
「ああ、みんな甥っ子たちにかまけてるのかな」
ガヴィンとガレンは確かに元気いっぱいでかわいい。
「そうかも、両親も姉さんが帰ってきたのを喜んでいるのよね」
「へー、そうなんだ、まあ久しぶりの里帰りだからじゃないかな。まあ、話なら俺が聞くよ」
と、言ったら本当に怒涛のように話したわ。
どうもジル婆さんとこでの機織りの修行がようやく終わりそうになったら、この三日間急に機織りと関係ないことまで手伝わされていてストレスが溜まってるらしい。今まではお昼を向こうで食べることも普通にあったけど、向こうでみんなのためにお昼を作らされるってのはなかったらしい。あと針仕事もたまにやらされてはダメ出しを食らってるらしい。洗濯は家で手伝ってるっていったらそれは婆さんの家ではやらなくていいと言われたんだけど、その他にもジル婆さんの家の家事を色々やらされているらしい。なんでもジル婆さんの身の回りの面倒を見ていてくれた姪が休みを貰ったからその間だとさ。
なんだよ。え、これって花嫁修業? 実家でやってないことをやらされてるのは村から遠く離れて住む弟子のために家事全般をこなせるようにするため?そうかあ?ああ、確かに昨日は実地での職業訓練って言ったような気がするけど。おう、ヤマトの言うとおりかもしれない。でも、これボウアに言っていいのか?
と黙って頷きながら聞いていたらだんだんボウアの愚痴に勢いが無くなってきた。
「でもこれっていじめられてる訳じゃないと思うの。ジル婆さん、今までそんなことしたことなかったし。絶対なにかあると思うのよね」
「いやあ、ただ姪っ子さんがお手伝いさんの仕事を休みたかっただけかもよ」
「それでも機織りの弟子の私が家事の代行するのはなんか納得いかない」
「まあ機織りの弟子でなく、ジル婆さんの弟子って考えてみたら」
「うーん」
ボウアが考えてる。真剣に考えるときにできる眉が寄るくせは変わらないな。俺よか三か月しか年上じゃないのにしわができちゃう。指でそこを押そうと手を伸ばしたら、
「まあ、いいや。とりあえずスッキリしたから」
と笑みを浮かべてこっちをみる。猪人には珍しい丸い顔。田舎にはあんまりいない白い肌。長い黒い髪は後ろに一つにまとめてある。ぱっちりと大きな茶色い目に八重歯にしか見えないちいさな牙。鼻は小さめ。まあ、耳はとんがってる。あとは腕がちょっと毛深い、肌が白いからわかっちゃう。やっぱりボウアは美人だなあ。
「ボウアは美人だなあ」
「もうなにいってんの」
あ、口に出てた。
「良し、今日も朝ごはんを食べて修行の続きだ。あと少しで終わりだし」
と急に伸びをしだした。まあ、もうそろそろ行かなきゃな。ボウアも外出用の服にすでに着替えてるし。
「俺はよくわからないけどボウアはすごい頑張ったと思うよ。ジル婆さんに弟子入りする人はすぐ逃げ出すことで有名だからね」
「私も意地にならなかったら途中で辞めてたかもね。だいたい機織りの弟子のはずなのに、糸の紡ぎ方から染色まで全部教えるのよ。そりゃ途中でやめるのも分かるわ。でも今朝はノックスに会えたからいいわ」
そうだぜ、恋人とはこういうふうに別れ際にはキスするもんだ。ヤマトのとこでもそうだろ。おう、悪かったなお前は女の子と付き合ったこともなかったのか、ハハハ。
痛い痛い痛い、悪かった、やめてくれ、俺が悪かった。