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女の子になって一ヶ月 (2)

 早く起きた分、僕はいつもより早くに家を出た。

 着いた大学には人はまだ少なくて、一限の講義室もまだ数人しか座っていなかった。これはちょっと気持ちいいな。


 どこに座ろうかと見回して、よく知っている小柄な後ろ姿を見つけた。永井さんだ。

「おはよう」

 近づいて声をかけると、びっくりした顔で振り返られた。

 永井さんの前には参考書やノートが広がってる。再来週から始まる前期試験の勉強かな。


「おはよう。井原さんがこんな朝早くからって珍しくない?」

「うん。ちょっとね」

 なんでもない顔をしながら、永井さんの隣に座る。

 そうしたら。

「なにかあったの?」

 心配そうな顔で訊かれてドキッとした。


 彼女は勘がいいのかな。それとも僕の態度におかしなところが出てる? 本当は今もいろいろ気になって仕方ないのを我慢しているから。


「なんでもないよ。ただ目が覚めちゃっただけ」

「そうなんだ。もう七月だしね。暑くて目が覚めちゃうよね」

 誤魔化すと、永井さんはすんなり納得してくれた。


 ノートに向き直った永井さんと一緒に僕も勉強しようと思ったけど、いまいち集中できない。文字の意味が頭に入ってこない。

 このままじゃ、今日一日なにもできないかもしれない。


「……やっぱり、聞いてもらっていいかな?」

「なに? 私でよかったら聞くよ」

 声をかけると、すぐに応えてくれた。僕から話すのを待ってくれていたみたいだった。

「実は、今朝にね……」


 この体になって初めての生理が来たという僕の話を、永井さんは嫌がらずに聞いてくれた。


「……そっか。いつか男に戻るんだから、そんなところまできっちり女の子にならなくてもよかったのにね」

 「そんなところ」と言った時の顔が、女の子なのに生理を嫌がっているみたいで、なんとなく笑ってしまった。そう見えたことを伝えたら、永井さんは「だって面倒なものは面倒だし」とやっぱり嫌そうだった。


 面倒なものは面倒かあ。朝起きたらっていうのは男の体でも夢精があったけど、どっちがマシかなあ。……生理現象にマシもなにもないか。


 永井さんは自分の周期を知るためにもと、オススメのヘルスケアアプリを教えてくれた。

 生理は二十八日周期とは限らないんだね。知らないままでいたら、もし僕の周期が長めだった時にどうして来ないんだろうって慌ててたかも。やっぱり聞いておいてよかった。

 これが、男に戻るまで一ヶ月ごとに繰り返されるんだね。考えるだけでちょっと落ち込んできた。


 でも、話ができたことで気分は落ち着いていた。


 すっかり勉強そっちのけで話をしていて、ふと振り向いたら英人が後ろに立っていた。

 びっくりした。いつからそこにいたんだろう。無言でかなり不機嫌そうだけど。

 昨日、永井さん達の影響で僕が変なことを言うようになったって言われたばっかりだし、またなにか言われてるって思ってるのかな。


「あれ。市来崎くんおはよう。いたんだ」

 僕につられて顔を上げた永井さんのとんでもない言い方に、声にならない悲鳴が口から出そうになった。

「……おはよう」

 英人の声がいつもより低い。それでもちゃんとあいさつを返したのは偉いというか。


 永井さんは英人の不機嫌さに気づく様子はなかった。ただ、今までアドバイスで見せてくれていたスマホの画面はささっと切り替えて引っ込めたけど。

 その手元を英人が見ていた気がする。






 英人はその場ではなにも言わなかった。

 でも、永井さんと講義が別になると、すぐに訊いてきた。


「朝は永井さんとなんの話をしてたの」

「前期試験のことだよ」

 本当のことを言ったら怒るだろうと思ったから、誤魔化そうとしたんだけど。

「それだけ?」

 英人はしつこく訊いてくる。


「僕には言えない話?」

「……そうだね」

「絶対に言えないの?」

 そんなに聞きたがっても、実際に今の僕の体がどうなっているのか知っても困るんじゃないの?


 でも、言わないと納得しないという顔をしているから、僕はしぶしぶ口を開いた。

「女の子の話だよ」

「……アイドルの話?」

 どうしてそうなるんだろう。アイドルの話って言えないようなこと? 僕の言い方もあいまいすぎたけど、ちょっとため息が出た。


「女の子として生活していく上でのアドバイスというか」

 英人があからさまにムッとした。

「そんな話必要ないんじゃない? 大地は男性だよね」

「今は体は女の子だよ」

 体は、を意識して強く言った。そこが大事なところだから。

 生理まで来たのに、この体で僕は男だなんて言い張れない。


「……」

 英人がものすごい不機嫌になったのがわかる。でも本当のことだし。

 僕が女の子として生活することをどうしてこんなに嫌がるんだろう。英人に嫌がられてもなんでも、僕が女の子になっていることには変わらないんだよ。


「叔父さんのやらかしに付き合って、大地が女子みたいに過ごすことないんだよ」

「おじさんに付き合ってとかじゃなくて、今は女の子だから」

「大地は男だよ」

「女の子なんだよ、今の僕は」


「でもさ、大地は三上さんのこと……」

「三上さん?」

 どうしてここで彼女の名前が出てくるのかと不思議に思ったら。


「彼女のこと好きなんだよね?」


 びっくりした。

 僕が三上さんを好きってどういうこと? どこからそんな話が出てきたの?


 わけがわからないでいる僕に、英人はさらに言う。

「三上さんのことをすごく嬉しそうに話してたよね。化粧がどうのこうのって」

 昨日、クレープを食べながらそんな話をしたっけ。


「……可愛いとは思ってるけど……」

 優しいし、一緒にいると安心する。友達として大好きだとは思う。

 でも、英人が言っているのはそういう意味じゃないよね。

 どうなんだろう。今は女の子同士だから友達までで気持ちが止まっているのかな。男に戻ったらもしかして……?


 悩む僕を見下ろしながら、英人はやっぱりねと言いたげな顔をしている。

「だから、大地は早く男に戻りたいよね?」

 自信ありげに言い切られても、僕は首を縦にも横にも動かすことができなかった。

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