女の子になって一ヶ月 (1)
目が覚めたらお腹が痛かった。
……違う。お腹が痛くて目が覚めたんだ。
窓の外は明るいけど、時計を見れば、一限のために起きるにはまだ早すぎる時間。もう少し寝たいけど、そうすると今度は寝坊しそうだし、お腹が痛くて寝つけそうにもないや。
腹痛になる原因なんて昨日、夕飯の代わりに食べたクレープぐらいしか思いつかないなあ。でも、クレープで食あたりになるかな。食あたりだったら大学どころじゃないけど。
でもこの感じは、変なものを食べて救急車で運ばれた時の痛みとは違う気がする。胃よりももっと体の深い所が痛い。
とりあえず目が覚めたついでにとトイレに行って、ぼんやりと下を脱いでびっくりした。
パンツが血で真っ赤になっていた。
……もしかして、食あたりじゃなくて大腸の病気……?
気が遠くなりかけたけど、こんな所で一人で気絶なんてできない。腹痛も強くなって、体が震えるのを我慢しながらトイレから出た。
どうしよう、救急車を呼ばないと。それともお父さんに車で病院まで連れて行ってもらった方がいいのかな。
悩みながら洗面台でパンツを洗っていて、ふと気がついた。
これ、アレだ……。
「大地。朝からどうしたの?」
水を流す音がうるさかったのか、お母さんが起きて来た。
言わなきゃいけない。でも言いづらい。こんなことに悩む日が来るなんて想像してなかったから、なかなか言葉が出てこない。
でも、はっきり伝えないと。
「……生理が……」
ひとこと言うのが精一杯だった。
お母さんはそれだけでわかってくれたみたいだった。まだ眠そうだったのに、急に目つきが変わった。
「生理用品は買ってある?」
僕は首を横に振った。
そんなの買ってない。この体が赤ちゃんも産めるようになるなんて考えたこともなかったから。
お母さんは僕の返事を聞いてすぐに寝室に戻ると、小さな紙袋を持ってきた。
中身はナプキンと、ビニール袋に詰められた専用のパンツ
人に言われるまでブラジャーも着ける気がなかった僕だから、用意しておいてくれたんだ。
「……市来崎さんてすごいのね」
パジャマから着替えて、汚れた物を洗濯機にかけている間に、お母さんが湯飲み片手にポツリと呟いた。
朝早くから慌ただしかったからか、お母さんの顔は疲れていた。
「生きているだけで十分だと思っていたけど、やっぱり驚くわね。ついこの間まで男の子の制服を着ていたのに、ここまで変わるなんて」
高校卒業してから三ヶ月かあ。学校と性別といろいろ変わって忙しくて、もうずいぶん前のことだった気がする。
僕は湯気が立つマグカップに口をつけた。
お母さんが作ってくれたコーンスープ。もうすぐ夏なのにこんな熱い飲み物なんて余計に暑くなりそうと思ったけど、ゆっくり飲んでいるうちに気分が落ち着いて、痛みも少しだけやわらいでいた。
食あたりとはぜんぜん違う痛み。これが女の子になったということで、僕は本当に女の子になっているんだと実感してきた。体つきが好みとも理想ともほど遠かったからちゃんと向き合っていなかったけど、女の子であることに体つきは関係ないんだね。
「……ごめんなさいね。大地が一番大変なのに」
黙って飲んでいたからか、お母さんをなんか勘違いさせたみたい。
「ううん。朝早く起こしてごめん」
「いいのよ。お母さんが起きなかったら、大地一人で大変だったでしょう? わからないことがあったら訊いてちょうだいね。女性だって保健で教えられていても、実際になってみないとわからないこともあるんだから。……親相手には言いづらいこともあるでしょうけど」
親相手というか、息子としては母親には訊きづらいかなあ。
お母さん以外に訊く相手かあ……。
「友達に訊くのってどうかな?」
「お友達って、前に一緒にお買い物に行った子?」
そう、田口さんか永井さんのどっちか。ブラジャーのことは教えてくれたし、生理のことも女の子として生活するには知っておかないといけないだろうし、頼れるかな。
そう思ったけど、お母さんは難しい顔をしてる。
「どうかしらね。デリケートな話だから女の子同士でも嫌な子もいるでしょうし、あなたはいつか男の子に戻るからね」
そっか。ブラジャーの話も戻ったら忘れてって言われたし、シモの話まではさすがにできないかも。
「今はインターネットで調べることもできるからね。ネットもいろいろあるけど、医者や企業のページならちゃんと参考になると思うわ」
朝ごはんを用意するわねと言って、お母さんは立ち上がった。
訊きたいこと知りたいことって言っても、ナプキンはとりあえずお母さんが用意しておいてくれたし、生理は二十八日周期だってどこかで聞いたし、とりあえず大丈夫かな。気になることができたら、その時はネットに頼ることにしよう。
僕も空になったマグカップを手に立ち上がった。