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女の子でいる間にやっておきたいこと (2)

 夕方のクレープ屋は行列ができていた。

 夕食に近い時間だから空いているのを想像していたけど、ぜんぜんそんなことはなくて意外。

 僕と英人以外は並んでいるのは女の子ばかり。デートだから、見た目は男女だから僕達も並んでいてもおかしくない、おかしくない。自分にそう言い聞かせていても、ドキドキしていた。

 そんな緊張も、無事に二つのクレープを買って、テーブルだけ置かれた狭い飲食スペースでかじりついた頃には忘れていた。


「おいしい」

「よかったね」

 そう言いながら僕の向かいでクレープをかじる英人の顔は、あまりおいしそうに見えない。僕が誘っただけだから無理してるのかな。聞いてみたら「そんなことないよ」と答えてくれたけど。


 その後は二人して黙々と食べていた。永井さんが言っていたとおり生クリームがたっぷりだから、うまくかじらないと溢れそうになっちゃう。でもおいしいな。食べに来られて本当によかった。


「そんなにおいしい?」

「ん?」

「いい顔してる」

 先に食べ終わった英人が肩ひじをついて、僕を見下ろしている。まるで兄か保護者みたいに微笑ましく見られている。

 もちろんおいしいし、いい顔をしているのは自覚があるけど、たぶん英人が見てそう感じているのは表情だけが理由じゃないよね。


「顔が明るく見えるのは、チークをつけてもらったからだよ」

「チーク?」

 僕は頬の辺りを直接触れないようにしながら手で覆った。

 うっすらとオレンジ色に塗ってあるチーク。英人と二人でいてもデートに見えるように、僕がより女の子っぽく見えるようにと、三上さんが塗ってくれたんだ。


 僕はいつもは化粧をしていない。構内でしている子を見かけると、僕も化粧した方がいいかなと思いつつ、でもすぐに男に戻るんだからいろいろムダだよねとも思ってるけど、こういう特別な時にはやっぱりしていた方がいいよね。


 してもらってよかったと思っている僕に対して、英人が不機嫌そうに顔を歪めた。

「化粧なんかされたの」

「似合わない?」

「似合うとか似合わないじゃなくてさ」

「じゃあ、なに?」

「……チークなんか塗ってなくてもさ、最近明るくなったよね。田口さん達と一緒にいても楽しそうだし」

「楽しいよ。仲良くしてくれてるし」


 今の僕に必要なことを教えてくれるし。

 彼女達はすごく親切してくれている。怖いと思っていた永井さんは世話好きだし、田口さんは僕のために自分が着けているブラジャーを教えてくれたし、三上さんは近くにいるだけで僕を落ち着けてくれるし。声をかけてきたのがいい人ばかりでよかった。


「三上さんとかいつも優しいし。このチークやってくれたのも三上さんなんだよ」

 塗ってもらうことになった時、三上さんと同じ顔色になるのかと思ったらドキドキした。指先で丁寧に塗ってくれていた時の、近かった三上さんの顔。思い出すだけでもドキドキする。


「……大地、もしかして……」

 英人がなにか呟いたけど、声が小さすぎてよく聞き取れなかった。

「なに?」

「……なんでもないよ」

 なんでもない声には聞こえなかったけどなあ。英人がそう言うなら僕も聞かないけど。


「英人。そのうち、デザートバイキングも付き合ってくれる?」

「田口さん達と行くんじゃないの」

「僕は英人とも行きたいから。今なら二人でも行けるよね? デートならデザートバイキングに入っても恥ずかしくないよね?」


 永井さんが言っていたから大丈夫なはず。その時は今日みたいに化粧はしてないかもしれないけど、僕が女の子なことには違わないから、大丈夫だよね?

「デートって……」

 英人が深々とため息をついた。なんだか呆れてる。


「そんなに行きたかったなら、言ってくれればいつでも付き合ったし、戻ってからだって別にかまわないよ。どうしてただ食べに行くだけの話にそこまで考えるかな」

「それは……前は、男だけで入るのは恥ずかしかったから」

「僕は気にしないし」

 本当に? いつ見ても年齢に関係なく女子会してるような雰囲気の席ばかりなのに、英人は気にしないで入れるの? すごいね、僕は無理だよ。


 英人は難しい顔で僕を見下ろしている。

「大地がどうしてもって言うなら仕方ないけどさ。おかしなこと言うようになったよね」

「おかしなこと?」

「デートだとか」

「……に見えれば問題ないよねって話だよ? おかしい?」

「おかしいよ」

 びっくりするほどはっきりと否定された。


「そんな理由つけなきゃいけないようなこと? 女の子達に言われてその気になってたりして」

「確かに……前だったら言わないようなことも言ってるかもしれないけど」

 英人の渋い顔に押されて、僕の言葉は弱々しいものにしかならない。


 デートじゃないのにデートだと言うのはおかしいかもしれないけど、それで気が楽になってこうして動くことができるなら、悪いことじゃないと思うんだけど。

 そう思うのに、英人の表情がぜんぜん変わらないから、僕はそれ以上反論できなくてクレープを口に詰め込んだ。






「大地は一生そのまま女の子でいるつもりじゃないよね?」

 人通りの少ない住宅街を歩いていた時、英人がそんなことを訊いてきたから僕はびっくりした。

「そんなことないよ」

 どうして英人はそう思ったんだろう。僕は一生このまま女の子でいるなんて考えたことがなかった。戻ると思ってるから服も前から持ってるのをそのまま着てるし、化粧も必要ないと思ってるのに。


「田口さん達と一緒に買い物に行ったり、話にノったり。まるでそのまま女の子になろうとしているみたいだね。前に一緒に出かけてたのは、あれは結局なにを買いに行ったの?」

「それは」

 だから、言えないんだってば。

 答えられない僕に英人は不満そう。でも言えない。田口さんが教えてくれたのは今は同性だからだったように、今の英人とは異性だから言えない。男に戻って、同性同士に戻ってからなら、あの時こんなことがあったんだよって話せるようになるかもしれないけど。


「早く男に戻りたいって思わないの?」

 英人がイライラしているのがわかるから、僕は目を逸らしたまま答えた。

「戻りたいよ。でもいちいち考えてない」

「考えてない?」

「戻りたいって思って戻れるものじゃないから。ずっと気にしてると、きっと落ち込むし」


 今の大学生活は性別を気にしないで過ごせている。高校までみたいに決められた制服があったり体育の授業があったらいちいち悩んでいたかもしれないけど、毎日勉強に集中している分には問題ないから。

 だから、僕は考えていないんだ。


「……ごめん」

「こっちこそごめん。英人が僕を心配してくれているのはわかってるから」

 英人が申し訳なさそうな顔をするから、僕も申し訳なくなる。

 当人の僕よりいろいろ気にしてくれてるよね。英人のせいじゃないのに。たぶん、僕はそんなに不便にしているわけじゃないのに。


「……やっぱり、叔父さんにはさっさと薬を作らせないと」

 英人は急に怖い顔になったと思うと、理一郎おじさんのことを言い出した。

「作らせるって?」

「作らせるんだよ」

 強い言葉で英人が繰り返すけど、意味がわからない。英人がおじさんの研究チームのリーダーになれるわけじゃないのに。


「僕は今回のことは本気で怒っているんだよ。実験なら自分だけでやればよかったのに、それをいくら止めても聞かないで、大地をこんな風に巻き込んで。人の人生狂わせておいてのん気にしててさ」

「戻る薬の研究をやってないわけじゃないんでしょ?」

「らしいけどさ。でも遅いんだよ」

「どんな研究だって、結果を出すまでに時間がかかるのは仕方ないんじゃない? 仕事と別にやってるんだよね?」


 僕はおじさんとは、英人の家に遊びに行った時にたまたまいたら一緒に遊んでいたぐらいの仲でしかないから、直接の連絡手段は持っていない。研究の進行状況については英人に任せっきりで、すぐにできあがるわけじゃないとわかってからは英人を通して結果が来るのだけを待っている。だから詳しいことはぜんぜん知らない。

 研究に関しては熱心なおじさんだから、作るって言ったからには作ってるんだろうと思って、そこら辺は心配していないんだけど。

 それでも英人は「時間をかけすぎてる」と言う。


「長引けば長引くほど面倒くさいことが増えるだけなんだから」

「面倒くさいって?」

「就職とかさ」

 就職かあ。戻る薬がいつできるかわからないって言われた時にちらっと考えてはいたけど、英人の口から言われると、本当に面倒なことになる気がしてきた。


「そうだね。就職活動が始まるまでにはなんとかならないとつらいよね。三年生から始めるとしたら……二年ぐらいで薬ができれば間に合う?」

「間に合えばいいんじゃないんだよ。早ければ早く、今すぐ戻れないといけないぐらいなんだよ。症状が症状なんだからさ」

 早い方がいいのはその通りだと思うけど、でもなんか、英人がここまで言うのは違うような気がするんだけど……。

 モヤモヤするけど、言葉にならない。


「待ってて、大地。僕が叔父さんに絶対に薬を作らせるから」

 ここにはいないおじさんを睨みつけているみたいな英人の顔に、僕は少し不安になった。

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