女の子でいる間にやっておきたいこと (1)
食堂で五人揃っての昼食。
それぞれのメニューは、永井さんが毎日お弁当で、僕はパン。他の三人はその日の気分で学食だったり、コンビニで買ってきた何かだった。
「井原さんが少食なのって前から?」
僕がコンビニの袋からパンを取り出すのを見て、永井さんが訊いてきた。
パンが一つと紙パックのジュース。これが僕の毎日の昼食。
しょっちゅう一緒に食べてるから、僕が少食なのは黙っていても気づくよね。別に隠すようなことじゃないけど。
だから、永井さんの質問はもう少し踏み込んだものだった。
「うん。子供の頃から食べられなくて」
小さい頃、誰かが僕に男の子だから大きくなればいっぱい食べるようになるぞと言ってくれたけど、結局、小食なのは変わらなかったんだ。
牛乳も飲めないから、合わせるのはジュースかお茶になる。
「あの時も減らしてたよね」
三上さんが言ってるのは、ブラジャーを買いに行った時のことかな。
あの時に三人で食べた店は、家庭料理みたいにバランスを調えた副菜を揃えていることを売りにしていて、注文はフルセットが基本。普通の店はサラダやご飯なんかのサイドメニューを頼むとプラスいくらとしているのに、そこは単品ならマイナスいくらとメニューに書いあったぐらい、フルセットを推していた。
そんな店で、僕はわざわざ単品で注文したんだ。二人はフルセットだったのに。
「井原さんて細いもんね。私なんか弟達につられてつい食べ過ぎちゃうのに」
田口さんがそんなことを言うから、つい斜め向かいに座る彼女の胸を見てしまった。
テーブルで半分隠れているけど、それでも彼女の胸が大きいことはわかる。その胸であの地味なブラジャーをしているのかと思うともったいないなあ。
「貧血とかはない? 卵焼き食べる?」
永井さんが見た目も可愛いキャラ弁をズイッと差し出してきた。気持ちは嬉しかったけど、僕は断るしかなかった。その卵焼き一個分でもきついんだ。
「体調は平気。ただ、食べたい物を食べる余裕がなかなかないのがつらいかな。デザートバイキングも一度行ってみたいんだけど」
胃の容量以前に、男だけで店に入るのは恥ずかしいという気持ちもあるけど。いつも女性ばかりだもんね、ああいう店は。
今なら堂々とデザートバイキングにも入れるかな。永井さんも堂々とするべきって言ってたし。
「甘いもの好きなんだ? 今度、都合が合ったら四人で行こうよ」
永井さんが誘ってくれて僕は一瞬喜んだけど、すぐになにかおかしいと思った。
四人。四人て誰だろう。僕と……三上さんと田口さんと永井さん?
……英人は?
僕は思わず、隣に座る英人の顔を見た。
英人は黙々と食べている。気にしていないみたい……だけど。
「ごめんごめん。市来崎くんのことぜんぜん頭になかったわ」
永井さんがうっかりうっかりといった感じで僕に謝りつつ、にこやかに笑っていた。ぜんぜん、ごめんという感じじゃない。
もやもやするけど、なんて言えばいいのかまとまらなくて、永井さんを睨みつけるだけになる。英人に文句がないのに僕がなにか言うのもおかしいし。
「ホントごめんって。せっかくだから女子会で行きたいなと思って」
そういうことを言われると、やっぱりデザートバイキングは男は入りにくくなるなあ。……僕が混ざっても女子会になるのかわからないけど。
……ん? ぜんぜん悪気が見えない永井さんの横で、田口さんがニヤニヤしてる……?
「もしかしたら四人て、永井さん以外になるかもよ?」
「――なんで私を省くの!?」
「だって、永井さん忙しいじゃない」
びっくりしている永井さんに、田口さんは楽しそうな顔のまま話を進める。
「へえ……。永井さんはアルバイトでもしてるの?」
だからブラジャーを買いに行く時に付き合ってくれなかったのかと思ったら、言いにくそうに永井さんがモジモジしている。はっきりしない永井さんなんて珍しい。
「そういうわけじゃないけど……」
「……ふふ」
三上さんまで意味ありげに笑い出した。
「永井さんはね、一人暮らしの彼氏のお世話が忙しいんだよ」
「ねー? 前に一緒に買い物に行けなかったのは、彼氏の所に行ったからだよねえ?」
「そ……そうだけど、三上さんてば、井原さんにわざわざ言わなくても」
へえ……永井さんて彼氏がいるんだ。
困っている永井さんに、田口さんがさらにニヤニヤを深くする。
「私達は知っているんだし、別に隠さなくても。はっきり言わずに今日は無理みたいなこと繰り返してたら、井原さんが気にするよ?」
気にしたり……するかも。大学の外でまで僕にアレコレ注意したくないのかなって。
「お兄さんのお友達で、高校の時から付き合っているんだよね?」
「私がいないとあいつは飢える! ってしょっちゅうご飯作りに行ってあげてるんだよね。本当に世話好きだよね、永井さんて」
「もういいでしょ、二人とも!」
永井さんが照れている。……可愛い。
もしかして、お弁当も彼氏さんに毎日作ってあげてるのかな? 永井さんて、アレコレ面倒見ずにいられない人なんだね。納得した。
「井原さんも笑わない!」
永井さんが怒るけど、照れてるから迫力ないなあ。僕もニヤニヤするのをやめられない。
「——あのさ! 井原さん、デザート好きなら駅前のクレープ屋さんオススメだよ。おいしいよ、あそこ!」
真っ赤な顔のまま、永井さんが話題を逸らしてきた。
「生クリームもたっぷり入れてくれるんだよ。気をつけて食べないとクレープ生地が破れちゃうぐらいなの」
「生クリームたっぷりなのはいいなあ」
牛乳はダメだけど、生クリームは好きなんだ。だからショートケーキやロールケーキも好きだけど、一日三食を意識するとなかなか食べられなくて。
永井さんはさらにその店のことを教えてくれる。一番人気のメニューはどれかとか、でも自分のオススメはあれとこれの組み合わせだとか。頭の片隅では、隣の二人に笑われながら永井さんが必死だなーて思うけど、クレープの話は聞いていて楽しい。
「その店、食べに行ってみたいな」
「食べたいなら行けばいいじゃない! それとも量の問題?」
「それもあるけど、一人でそういう店で買ったことがないから……」
そもそも、一人じゃなくてもあったっけ? 思い出せないや。
「一人で行きづらいなら、とりあえず市来崎くんと行ったら? デートのフリでいけるし」
「……そっか。今は僕、女の子だもんね」
「——っ!!」
英人が急にむせたのはわかったけど、永井さんとの会話に一生懸命だった僕は、そっちを同時に気にすることができなかった。
永井さんいいこと考えてくれるなあ。デートなら恥ずかしくないし。
「でも、ちゃんとデートに見えるかな。男二人に見えないかな」
「井原さん、心配しすぎ。女の子に見えるんだからっていつも言ってるのに。でももうちょっと髪の毛伸ばしたいよね。髪の毛長い方が絶対似合うよ」
永井さんがアレコレ言って、僕をその気にさせようとしてくれる。
長い方が似合うのかな。自分じゃわからないけど、僕も女の子は髪が長い方が好きだし、いつもならそろそろ切りに行く頃だけど、しばらくこのまま伸ばしてみようかな。
僕がやっと振り向いた時には、英人は水を飲んで落ち着いていた。
「英人、今日クレープ付き合ってくれる?」
「……夕飯が入らなくなるよ」
「わかってるけど、たまにはいいよね?」
「大地がかまわないなら付き合うよ」
仕方ないなあという顔をしながら、英人は受けてくれる。よっぽどのことじゃないと、僕の頼みを聞いてくれるから。
夕方が楽しみだなあ。なに食べようかな。