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おまけ:「お義父さん」 (1)

 テーブルには、ほとんどがまだ未開封の缶ビールとおつまみ。

 隣には、僕の足を枕にして寝ている千里。

 向かいには、まっ赤な顔で上機嫌そうな千里の親父さん。


「女の子の父親ってものは、こんなに気苦労があるんだな。――な、英人くん!」

 僕に同意を求められても。


 ……どうしようか、この状況。




 成人式から一ヶ月すぎて、千里が誕生日を迎えた。

 二十歳になったら父子で飲む約束をしているって話は聞いていたけど、家飲みでやることが決まった時に千里に誘われて、僕も一緒に飲むことになった。


 けど、早々におじさんと差しの状態になるとは思わなかった。


 千里のために買ってきた甘いカクテルが本人の口に合ったのはよかったけど、まさか一本でつぶれるなんてね。

 おじさんも握っているのはまだ二本目の缶なのに、もう呂律が回らなくなっている。


 僕もまだ小島達と何回か飲みに行ったことあるぐらいだけど、この父子は弱すぎるんじゃないかな。今日は外飲みじゃなくてよかった。

 千里には外で飲ませたくないな、これは。


「——気苦労って言っても、千里がなにかしているってわけじゃないんだが、とにかく千里のことが心配でな」

 最初は三人で大学の話をしていたけど、千里が酔いつぶれてからは、おじさんの話は千里のことばかりになっていた。


「性別が変わっても男の子のままのようだと思っていたのに、いつのまにかきれいになっていてな。女の子が年頃になるということは、ああいうことなんだな。世の娘を持つ父親はみんな、こんな悩みを持っていたのかなあ」

 真っ赤な顔でおじさんは話し続ける。


「千里は優しい子だし、変な男に騙されたりしないか心配なんだ」

 そうですね。それは僕も同感なんで、がっちりガードしていくつもりです。


 心配だ心配だと繰り返すおじさんの話を、僕は黙って聞いていた。おじさんはとにかく娘を持った父親としての心情を吐露したいだけで、別に返事が欲しいわけじゃないようだから、相槌は放棄させてもらった。


 ……たださ、こういうのって、娘の彼氏にする話じゃないよね。

 こんなことを僕に言ってくるってことは、僕が千里の恋人だって知らないってことだよね。

 千里、僕とのことはおじさんに話してないんだ。まあ僕も、母さん達に話してはいないんだけどさ。……いつのまにか勘づかれていたのは別として。


「体も弱くなったみたいだしな。君の叔母さんに影響を受けて立派な夢を持っているが、研究があるとかで帰りが遅い日はつらそうでしんどそうで。女の子ってあんなに体力がないものなんだな」

 いや、千里が極端に体力がないだけです。


 おばさんだって特に体が弱いってわけでもなさそうなのに、どうして千里だけ見て、女の子はこういうもの! って思考になっているんだろうね。千里が女の子になってから一年以上経っていてこの考え方って……もしかして、この先ずっとこのまま?


「いっそ、嫁にいかなくていいんじゃないかっていうぐらいにな」

 それは困るんですけど。

「千里は元々、体が丈夫じゃなかったしなあ。孫の顔は見せたいとは言ってくれているが、無理はしなくていいと思うんだよな」


 僕は思わず寝ている千里を見下ろした。

 千里、寝てるよね。今の話、聞いていないよね。おじさんがこう言っているからって、僕との関係を悩まれたら困るんだけど。


 ……いや、そうはならないか。千里は一度決めたら人の意見に左右されない方だから、いざその時になったら、おじさんが右往左往する方か。


 それにしても、親が先回りしてやる気をつぶそうとするのもどうなんだろうね。本人は体力のなさを気力でカバーしてがんばっているのにさ。

 あー、髪の毛さらさら……。


「——で、英人くんはどう思う!?」

「は、はいっ!?」

 大声で呼ばれてびびった……。こっそり、寝ている千里の頭を撫でていたから。

 おじさんからは千里の頭は見えない角度にあるから、バレてはいないはず。


「どうって……」

「千里の将来が心配じゃないか!?」

「心配は心配ですけど」

「だよな! 英人くんも、千里は無理しなくてもいいと思うよな?」

 いや……だから、本人はそんなこと言ったことないはず。


 ……違うな、おじさんがいろいろ無理なんだな。


「……予行練習してみますか?」

「予行?」

「将来、千里が結婚相手を連れてきた時のシミュレーションをしてみましょうか。僕が千里の恋人として、おじさんにあいさつをしてみますから」


 無理無理言っていないで、おじさんには真剣に千里の将来と向かい合ってくれないと困る。正式にあいさつに来たら義父がショックで倒れたとかになったら、洒落にならないからね。


「なるほど、俺に心構えをさせておこうというんだな! 英人くんはやっぱりいい子だなあ」

 ——あ、イラッと来た。将来、僕があいさつに来る可能性は頭の片隅にもなさそう。

 まあいいけどさ。今から意識させるから。


「お義父さん」

「……おっ」

 僕が居住まいを正してそう呼びかけたら、おじさんは目を丸くした。


「千里さんとは、以前から真剣にお付き合いさせていただいています」

「お、おお……そうなのか?」

 シミュレーションなのに、おじさんは本気でびびっているように見える。


 本気にした上でオッケーをもらえるなら、それでもいいけどさ。って言うか、練習だからこそオッケーをもらわないと困る。


「確かに千里さんは体が弱いところはありますが、僕はそんな彼女をずっと支えてきて、これからも彼女の夢ごと支えて……将来は、互いを支え合えるよい家庭を築きたいと考えています」

 本当のことだけだから、言葉がすらすら出てくる。


「千里さんと僕の結婚を認めてください」


 ……言い切った瞬間、心臓がバクバクしていることに気がついた。

 シミュレーションだって言ったくせに、僕も本気になっていたみたいだ。


 おじさんは驚いた顔で僕を見ている。

 さあ、どう返事する? いや、どうもこうも、慣れてもらうためのシミュレーションなんだから、返事は一つしか——。


「——ダメだぁっ!」


 ……えっ。


「早すぎる! 千里はまだ成人したばっかなんだあー!」

 予行練習設定はどこいった。

 ダメだ、この酔っ払い。まるで話が通じない。


 どっちにしても、おじさんが酔っているから今は無意味か。

 さすがに本番はだいじょうぶ……だと信じたい。

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