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二人で迎える新たな門出 (3)

 一月の第二月曜日。

 成人の日を迎えて、振り袖を着た私はリビングで椅子に浅く座っていた。


「お母さん、もう疲れてきたよ」

「まだ着替えただけなのに、なに言ってるの」

 隣でテレビを見ているお母さんがあきれてるけど、疲れたものは疲れたもん。それに、着替えただけって言っても、起きてからもう何時間も経ってるんだけどな。


 美容院の予約はそこそこ早い時間で済んだけど、着付けが終わっても式にはまだ早いから家にいるんだけど、帯があるから後ろに寄りかかれないし、座っていても休めている気がしないよ。

 借りる時は、どれもきれいで選んでいて楽しかったけど、見るのと着るのじゃぜんぜん違うよ。


「姿勢よくしている方が締めつけられないんじゃない?」

 お母さんはアドバイスしてくれるけど、姿勢をよくしているのがそろそろ限界なんだってば。


 苦しくて息をついたら、玄関で呼び鈴が鳴った。

 英人が迎えに来てくれたんだ。


「お母さん、行ってくるね」

 立ち上がったら、あんなに苦しかった体が急に楽になった。姿勢が変わったからかな? それとも、英人の顔が見られるからかな?


 小股でしか歩けないのにもどかしくなりながら玄関に向かって、扉を開けたら、紋付き袴を着た英人が外に立っていた。


「おはよう、千里。もう行ける?」

 声をかけられてはっとした。

 英人の袴姿ににみとれて、ぼーっとしちゃったよ。


「ね、どうかな?」

「きれいだよ」

 外に出て、晴れ着の袖を広げながらくるっと回ってみせたら、英人がさらっとほめてくれた。

 英人はそう言ってくれると思ったけど、実際に聞くと、嬉しいけどちょっと恥ずかしいな。


 そのまま玄関先で少し話していたら、お母さんが外に出てきた。

「あらあ。英人くんもかっこいいわね」

「ありがとうございます」

「まだ時間だいじょうぶよね。写真撮りましょ。千里、そこに立って」

 言われて玄関の前に立った私を、お母さんはスマホで何枚か撮った。


「次、英人くんも千里の隣に立ってくれる?」

「僕もですか?」

「せっかくだからね、一緒に」

 お母さんは私達を並ばせて、またスマホのレンズを向けてきた。


 撮ったのを見せてもらったら、なんだか私達、ぴったりくっついていた。

 お母さんがもっと寄ってねって言ったから寄ってたんだけど、くっつきすぎてるよね、これ。……お母さんにはどう見えたのかな。


 英人と今は恋人同士としてお付き合いしているって、お母さん達にはまだ言ってないんだよね。隠しているわけじゃないんだけど、英人のことはお母さん達も昔から知ってて、遊びに行ったり来たりも前からだから、話すタイミングもなくて。

 今さらだし、わざわざ言うことないかな……?



「どこか気になる?」

 私のスマホに受け取ったさっきのツーショットを見ていたら、私に合わせてゆっくり歩いている英人が画面を覗きこんできた。

「英人がかっこいいなあって」

「あぁ……うん」

「それと、やっぱりちょっとね……本当は、私も袴を着るはずだったんだよねって」


「……あとで着てみる?」

「着るって?」

「これでいいなら、返却する前にでもさ」

 英人が自分が着ている袴を指さしながら訊いてきた。


「いいの……?」

「気になるなら、着ておいた方が心残りにならなくていいんじゃない? わざわざ用意しようとしたら大変だし」


 袴を着たがったりしたら、私がやっぱり男に戻りたいんじゃないかって、英人をまた心配させちゃうかなって思ったんだけど。

「なに?」

「……ううん」

 もう、だいじょうぶみたい。


「着てみたいけど、着方がわからないかな」

「僕ができるよ。今日も自分でやったし」

「自分で着付けしたんだ、すごいね。……英人が着せてくれるの?」

「千里がかまわないなら」

 ダメな理由なんてないから、英人にお願いすることにした。


 今の私が袴を着てもただの男装にしかならないし、英人みたいにかっこよくは着られないけど、着られるだけで楽しみだな。

 晴れ着を決めた時、お父さんはちょっと残念そうだったから、袴を着た写真を撮ったら見せてあげよう。





 会場が近づいてくると、私達の他にも成人式に向かう子がちらほら見えてきた。


 同じ学校だった子か気になるけど、私って人の顔を覚えるの苦手だし、みんな着飾ってるから、相手が誰なのかぜんぜんわからないかも。人の顔を覚えるのが得意な子なら、私のことをわかったりするのかな。


 ……ううん、わかったらおかしいよね。だって、今日の会場に来ている同級生は、男子生徒だった私しか知らないんだから。……小学校や中学校のクラスメイトに会ったら、私が振り袖を着ていること、どうやって話そう?

 どうしよう、ドキドキしてきた……。


「――千里」


 気がついたら、私は地面しか見えないぐらい下を向いていた。いつのまにか足も止まっていて。

 そんな私の目の前に、英人が手を差し出してきた。


「だいじょうぶだよ」


 顔を上げたら、優しい目で見つめられていた。

 英人には私が不安に思っていること、わかっているのかな。

「行こう、千里」

 英人が私を呼ぶ。彼が私のために考えてくれたその名前をささやきながら、私が動き出すのを待っている。


 そうだね。英人が一緒にいてくれるから、だいじょうぶだよね。

「……うん……!」

 大きな手に手を重ねたら、力強く握り返してくれた。


 手をつないだまま、私達は歩き始めた。

 自分で選んだ未来を、大好きな人と一緒に進んでいくために。

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