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二人で迎える新たな門出 (1)

「はい、昨日の写真」

 英人が差し出してきたスマホを受け取って、僕は興奮した。

「きれいだね……!」

 英人のスマホには、白いドレス姿の理衣おばさんの写真が何枚も並んでいた。


 昨日、理衣おばさんは杉崎さんとの結婚式を挙げた。

 式の日は、おばさんが女性になってからちょうど一年経った日なんだって。永井さんは僕が決めたの早かったって言っていたけど、性別が変わってから一年で結婚までしたおばさんの方がすごいよね。


「理衣おばさん、本当にきれいだね」

「いい歳して……」

 背が高いからモデルみたいでドレスが本当によく似合っているのに、英人が失礼なことを言うからにらもうとしたら、先にそっぽ向かれてた。


「ずいぶん撮って来たんだね」

「母さんに頼んだ」

 興味がなさそうに英人が言う。

 意外といい感じの写真が多いかもって思ったけど、撮ったのが英人じゃなくておばさんなら納得かな。


「こんなにあったら迷うなあ」

「ゆっくり見てていいよ。好きに共有に送っていいから」

 僕にスマホを預けて、テレビを点けた英人はゲームを始めた。


「ぼ……私にも、後でそれやらせて」

 英人が始めた新しいゲームを見てお願いしようとしたら、大事なところで突っかかっちゃった。


 最近、僕は話し方を変えようかなって、私……って言うようにしようかなって思ってる。英人と付き合ってて、英人と話しながら僕って言ってる自分の声がおかしいなって、時々思っていたから。


 永井さん達にも打ち明けて、もう、僕の中にあった男性の心を無理して持ち続けていなくてもよくなったから。


 なのに、意識すると言い間違えちゃう。アルバイトの時は、すんなり言い換えられるようになったはずなんだけどな。どうして、一番ちゃんと言いたい英人の側で言えないのかな。


「無理に変えなくてもいいんじゃないの」

「ぼっ、——私が変えたいの!」

「はいはい」

「英人はどう思う?」

「大地のしたいようにすればいいと思うよ」

 一緒にコートを買いに行った時みたいなこと言ってる。


 でもこれって、どうでもいいんじゃなくて、僕のしたいようにするのに英人は反対しないって、それだけだよね?


「英人は気にならない? 僕って言ってる女の子がいたら」

「さあ……? たぶん、そういうしゃべり方する子なんだなで終わると思う」

 英人はやっぱりどうでもいいのかな。でも……。

「でも、自分で気になるから変えるよ」

「うん」


 英人は最近、僕にこうした方がいいとかぜんぜん言わなくなった。前にそういうことをよく言っていたのは、僕が男性に戻った時のためだったって言っていたけど、僕はもう、これからのことだけ考えていけばいいからね。


 ただ、いろいろ変更手続きするのに、大事なのにまだ決められていないことがあって、ちょっと困ってる。

「ねえ、英人。僕の新しい名前のことだけど」

 ……あ、また僕って言っちゃった。もういいや、明日からがんばろ……。


「決めたの?」

「ううん、まだ。だから、英人にも一緒に考えて欲しくて」

「名前を? そういうのセンスないよ、僕」

「ゲームのキャラ作る時に名前を考えたりしてるよね?」

「ゲームキャラの感覚でつけたらひどいことになるよ」

 英人はしばらく難しい顔をしていたけど、無言になってゲームを進め出しちゃった。


 自分で決められないのを人に頼むのも無茶だよね。まだ日にちはあるから考える時間はあるけど、うっかりすると決められないうちに夏休みが来ちゃいそう。お父さんとお母さんに相談したら、僕の納得する名前でいいって言うし、自由すぎても難しいね。


 名前を考えるのはまたあとにして、今は理衣おばさんの結婚式の写真をチェックしよ。


「ねえ、この写真、田口さんにも見せていい?」

「——はあ? 田口さんに?」

 英人が変な声を上げて、首だけ向けてきた。


「見せて欲しいって言われてるわけ?」

「ううん。でも、理衣おばさんのファンだし、見たらきっと喜ぶから」

「大地……お人好し」

 英人があきれたみたいな声で言った。

 みたいじゃないよね、はっきりあきれてるよね。


「一切話さなくてもしつこいんだから、そんなの見せたら調子に乗るよ」

「でも……あんなに熱心なファンなのに」

 研究の話をするわけじゃないし、せっかく理衣おばさんがこんなにきれいなのに、みんなに見せられないのはもったいないな。


 僕がスマホの画面をじっと見つめていたら、英人がため息をついた。

「……大地のスマホに入ったデータまで、僕にどうこうできないから」

「え?」

「そんなに見せたいならいいよ」

 英人は本当にしかたなさそうな顔してるけど、許可してくれた。


「ありがと、英人」

「本当に数枚だけとかにしておいた方がいいよ」

「うん」


 英人がいいって言ってくれたから、改めて僕が欲しい写真と、その中から田口さんに見せる用に特別いい写真を探しながらチェックしていく。


 写真は本当にいっぱいあって確認するのが大変だけど、その中に時々、まじめな顔の英人の写真が混ざってて、見つけた時はどうしても手が止まってじっくり眺めちゃう。

「ふふ……英人、かっこいいね」

「なにが?」


 スーツ姿で円卓に座っている写真に見惚れていたら、英人がコントローラーを置いて僕の手元を覗きに来て、えってびっくりした声を上げた。

「——なんでそんな写真が!?」


「僕に見せるためじゃないの?」

「僕は撮ってないっ」

「だから、おばさんが僕に見せるために」

「……え?」

「おばさんにスマホ預けてたんだよね? 僕に写真を頼まれてるからって」

「……あー……」

「こういう英人もかっこいいよ」


 ほめたのに、英人は少し目をうろうろさせてから、不機嫌そうな顔でゲームしに戻って行っちゃった。

「本当にかっこいいよ?」

「何回も言わなくていいから」

 あれ? ちょっと耳赤くなってる? 本当に不機嫌になってるんじゃないみたい。


「……なに笑ってるの」

 声を出してないのに、英人は振り返らないで僕にそんなこと言ってきた。照れてる英人がかわいいって思ってたけど、気配でわかっちゃうぐらい、僕ってにやけてるのかな。笑ってないよって言ったら、突っ込んでこなかったけど。


「ねえ、お酒は飲んできた?」

「飲んで来なかった」

 テーブルにはビールの瓶が置かれているけど、英人の前のコップの中身はどの写真も量が変わっていない。

 英人は今月で二十歳になってるから、飲んでも問題なかったはずなのに。

「飲みたくなかったの?」


「そういう気分じゃなかった」

 気分じゃなかったって、理衣おばさんの式だからとかそういうこと?

 でも、写真だと別に不機嫌そうには見えないし、ちゃんと参列して来たんだからいいかな。


「僕も二十歳になったら、一緒にどこかへ飲みに行こうね」

「うん。……ああ、写真チェック終わったら、全部消しておいて」

「えっ!? 消しちゃうの?」

「入れておきたくない」

 テレビの方を向いたまま、すごく力の入った声で言われちゃった。


 本当に消さないといけないのかな。英人が自分で理衣おばさんの写真を持っていたくないって思うのはわからなくないけど、せっかくの結婚式の写真なのに。

「……正式な写真は別にあるから」

 悩んでいたら、英人が僕に言い聞かせるみたいに静かに言った。


 そうだよね、プロが撮ったのもちゃんとあるはずだし、もしかしたら、英人のおばさんも同じようにスマホでも撮ったのを持ってるかも。

 英人が理衣おばさんのことでいろいろ悩んでいたこともあるけど、そもそも新婦の甥でしかないし、参列した結婚式がこんな感想でもしょうがないのかな。


 もう見れなくなっちゃうから、最後に全部見直して、欲しい写真は僕のスマホに全部入れた。

「終わったけど、写真消していいの?」

「いいよ」

「……本当に消していいの?」

「消して」

 英人の声が強い。


 そもそも、僕が頼んでなかったら英人は写真撮って来なかったよね。英人のスマホにあるはずのなかったデータなんだから、なくても問題ないんだよね。他にも写真はあるんだし。

 わかってるけど、思い切って削除までしたら、罪悪感みたいにちょっと胸が痛くなった。

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