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僕が知られていたこと (2)

「……ねえ、井原さん」

 難しい顔をした永井さんと話す、あまり気にしてなさそうな田口さんの笑顔を複雑な気持ちで見ていたら、三上さんが話しかけてきた。


「二人が今いいならいいけど、井原さんはいつか男性に戻るんだよね?」

 心配そうな顔で、もうずっと前から考えなくなっていたことを言われてびっくりした。


 ……そっか、僕が決めたこと、まだ言ってなかったもんね。だからそういう風に考えちゃうんだ。

 なんとなく言い出せないままでいたけど、ずっと内緒にしていると、心配しなくていいことで心配させちゃうこともあるんだね。


 三人には言えないまま、でもこれからのことはもう決めてあるから、これから先を正式に女性として生きていくために、戸籍とか他のいろいろな手続きとか、夏休みのあいだに全部変更する予定で今、書類とかの必要なものをそろえてる。先に全部済ませた理衣おばさんが、結婚の準備で忙しいのに時間を割いてアドバイスをくれていたから、おかげでスムーズに進められてるけど。


 三人は大切な友達だし、いつかはきっと伝えるつもりだったけど、あんまり先延ばしにしてないで、大事なことはちゃんと伝えないと。


「実はね、僕もう、女性のまま生きていくことを決めてあって」

「決めた、って……」


「——ちょっと待って、井原さん! 今なんて!?」

「本当に!?」

 三上さんだけに聞こえるように返事をしたつもりだったのに、話し込んでいると思っていた二人も僕の言ったことに反応してきた。


「ごめん、だまってて」

 二人がテーブルの上から身を乗り出してきたから、僕はちょっと体が引いちゃった。


「いつ頃決めてたの?」

 永井さんが小声で訊いてきた。


「去年の……十一月だったかな。文化祭のすぐあとだったから」

「そんなに前だったの……?」

「それはさすがに……どうしてずっと言ってくれなかったの」

「ごっ、ごめん。なんか言い出せなくて」

 永井さんと三上さんの顔がちょっと怒ったのを見て、僕は小さくなった。半年もだまってたんだもんね、怒るよね。


 田口さんだけは、なるほどねってうなずいていた。

「市来崎くんとのことどうするつもりか気になってたんだけど、とっくに決めてたなら納得かなあ。……文化祭の頃に決めたってことは、市来崎くんと距離置いてたのってその辺が関係してたの?」

「あれは……関係ないよ」


 あの時、英人がずっといろいろ悩んでいたことは聞いたけど、僕は今でも全部は理解できていなくて。中途半端にしかわかっていないのに、僕から勝手に英人の話をするなんてできないよ。

 田口さんはふーん? って首をかしげたけど、それ以上は訊かないでくれた。


 永井さんはイスに座り直すと、小さくため息をついた。

「性別変わってから一年かあ。……決めたのはもう半年も前になるんだっけ。井原さんって案外思い切りがよかったんだね」

「そうかな? 英人に任せっぱなしにしていながら、戻るまでどうやって性別をごまかそうかなって、だらだらしてたと思うけど」

「でも、すっぱり決めちゃったんでしょ」

「うん」


「……すごいね。私だったら、何年先でも可能性が残ってる限りきっと悩むな」

「永井さんはほら、恋人がいるから」

「——えっ!? そっ……そういうのは関係ないよ」

「関係あると思うよ。僕はそういう、どうしても戻りたいような理由がなかったし」

「それでも私だったら決められるかなあ。……やっぱりすごいと思うよ」


「——ねえ、井原さん。そうするとさ」

 なんだか長いため息をついた永井さんの横から、田口さんが首を伸ばしてきた。

「薬の研究を進めていっても、もう井原さんも博士も薬は必要ないってことだよね?」


「……えっ? それって、市来崎博士ももうずっと女性のままってこと……?」

「永井さん知らないの? 今月、式挙げるって、サイエンスサイトで記事出てたのに」

「式って……博士が結婚するの!?」

「だよね、井原さん」

「う、うん」


「ほらあ。…… 二人とも知らなかった?」

「いやあ……私は田口さんほど博士に興味がないから、そこまでチェックしてないし……」

「私も知らなかったな。……そうすると、もう薬は必要ないはずなのに、研究は進めていくの?」

「うん。僕が決める前から、もっと広く必要としている人のためにって正式に研究が始まっていたから」

「そっか、それはそれで完成したらいいね」

「うん」


「——ところでさ! 博士の結婚相手ってどんな人か知ってる? 会ったことある?」

 三上さんと話してほんわかしていたら、田口さんがイスごと僕の隣に移動して、ぴったりくっついてきた。


「会ったことはあるけど、一回だけだからよく知らないよ」

「会ってるんだ! 研究室の人だって話だけど、研究室のブログ書いてる人じゃない?」

「さ……さあ」


「ブログがさ、博士が女性になってから、研究内容よりも博士に対して愛情あふれる内容になっててさー。博士が被験者の記事だったから一見おかしくないけど、絶対この人私的な目で博士を観察してる! って思いながらブログ読んでたんだよねー」

「ブログの担当の人だったかどうかも聞いてないから……」

「じゃあ、なにか他に知ってることない?」


「……まーたそうやって、田口さんは井原さんを困らせるんだから。答えられないって言ってるんだから、あきらめなって」

「なんでもいいから! ね、井原さん、なにか話せることない?」

「はいはい。そろそろお片づけして、次の教室に移動しましょうねー」

「市来崎博士ネタは私の生きがいなんだってばーっ」


 永井さんにイスごと僕から引き離されて、おおげさに暴れる田口さんが小さい子みたいで、アルバイトしていた時のことを見ていて思い出しちゃった。


 コウタくん、どうしてるかな。ミツキちゃんと一緒に元気にしてるといいな。

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