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僕が知られていたこと (1)

「最近、市来崎くんってあの人達と一緒にいることが多いね」

 大学の昼休みに、いつもみたいに食堂で四人で食べていたら、永井さんが向こうの方を見ながら僕に言った。


 いくつか離れたテーブルで、英人が男子学生数人と一緒に楽しそうになにか話してる。

「二年で同じゼミになってからゲームの趣味が合うのがわかって、仲良くなったんだって」

「なるほど、ゲームでね」


「井原さんは市来崎くんとゲームしないの?」

 田口さんがスプーンを握りながら話に混ざってきた。


「たまに一緒にやるけど、僕はあまり詳しくないから。なんかチャットしながらオンラインもやるようになったんだって、楽しそうだよ」

「趣味もいいけど、彼氏と別々のごはんが増えて寂しくない?」

「昼食が別なだけだし、いつでも会えるから寂しくないよ」


 なんか今、変な言葉を聞き流したような気がするけど、なんだったのかな。

 たぶんたいしたことないよねって思ったのに、田口さんが僕の顔を見ながらにやって笑いかけてきたから、本当はなんて言われたのか心配になってきた。


「余裕だねえ」

「なにが?」

「いつでも会えるから平気って。彼氏のこと信じてるんだね」


 え? ……あ、英人のことを僕の彼氏って言ったの……!?


「やっぱり、市来崎くんと付き合っていたんだねー」

「か……彼氏とかそんな……聞き流しちゃっただけでそういうんじゃ」

「井原さんもそこまでぼーっとしてないでしょ。間違ってないから否定しなかったんだよね?」


 僕は首を横に振るけど、田口さんはいやいや隠さなくていいんだよーって、僕の話をぜんぜん聞いてくれない。

 付き合ってるのは間違ってないんだけど、僕、そんなことぜんぜん話したことないのに、どうして田口さんはこんなこと言い出したのかな。英人から話したってことはないよね?


「……私も、そろそろ事情を聞かせて欲しいかな。ずっと気になってたし。話せる範囲でいいから」

 永井さんがマグのお茶を飲みながら、田口さんの話に乗ってきた。

 事情ってなんのこと? ずっとっていつから?


「井原さん」

 永井さんと田口さんになにを話せばいいのか困っていたら、それまでだまっていた三上さんが僕に声をかけてきた。


「市来崎くんと付き合ってるよね?」

「……うん」

 質問じゃなくて確認だよね、これ。

 みんなわかってるならもう、違うって言えないよ。


「で、お二人はいつからお付き合いしていたのかなー?」

 田口さんがスプーンの柄をマイクみたいに僕に向けてきた。これってインタビューされるような話なの?


「こ、今年に入ってから」

「去年の文化祭のあとぐらいからじゃなかったの?」

「ううん」

 その頃に英人の気持ちは初めて知ったけど、だからってなにもなかったし。


 あんまりぺらぺらしゃべりたくないのに、断り方がわからないよ。僕のことはともかく、勝手に英人の話までしたくないのに、これ以上訊かれたらどうやって答えればいいのかな。


「夏休みは市来崎くんとはなにかなかった?」

「夏休み?」

「去年の夏休み明けに、すっかり女の子らしくなってたよね」

「……僕、女の子らしくなってた?」


「とりあえず服がね。てっきり、夏休みの間になにかあったのかなって思っていたんだけど」

「服はお父さんが今の体に合うものを着なさいって買ってくれたからで、英人とはなにもなかったよ。お互いにバイトしててぜんぜん会ってなかったし」


「じゃあ、バイトでなにかあった?」

「ないってば。僕は学童のバイトで小学生の子ばかり相手にしていたし、だから、別に女の子らしくなるようなことはなにもなかったよ」

「指導員に男性はいなかったの?」

「いたけど、特に話ししなかったよ」


「本当に? 絶対に夏休み中になにかあったんだって思っていたのに」

 田口さんが納得いかないって顔でスプーンを握ってる。


 ……なんか気になってきたんだけど。


「田口さんって、どうして僕のことそんなにくわしそうなの」

「井原さんのことにくわしいんじゃなくて、私の好きな人が市来崎くんだっただけだし」


 田口さんがなんてないことみたいに言うから、なんて言われたのかすぐにはわからなかった。……好きな人がイチキザキくん……?


「——えっ!? 田口さんが好きだったのって英人だったの!?」

「まだ気がついてなかった?」

 すごくびっくりした僕に、田口さんは当たり前みたいな顔してる。

 まだって言われたって、気がつけるようなきっかけもなかったのに。


「……井原さん気がついてなかったんだから、だまっていればよかったのに」

 永井さんがあきれてる。っていうことは、永井さんも知ってた? ……三上さんも?


 田口さんが好きな人って本当に英人だったの? 


「だって、田口さんの好きな人って、妹みたいに大事な人がいるって」

「井原さんのことだったんだよ、あの話」

 まだ信じられない僕に、三上さんが落ち着いた声で言った。

 やっぱり三上さんも知ってる。本当に本当なんだ。


 でも、あの時、田口さんが言ってたのは僕のことだったってどういうこと? 弟みたいならまだわかるけど、僕って英人の妹みたいだった? それに……大事な子って。

 もしかして、英人が僕のこと好きだって、みんなあの頃には知ってたってこと? どうして知ってたの?? 僕が一緒じゃない時に英人がなにかみんなに言ってたの? そんなことないよね、でもどうして?

 田口さんがあの時言っていたことと、今知ったばかりのことが結びつかないよ。


「いやあ、ここまで見事に気がついてないなんてね。——あいたっ」

 笑ってる田口さんの背中を永井さんが叩いたけど、叩いた永井さんが不機嫌そうな顔をしているのに、叩かれた田口さんはまだ笑ってる。


 やっぱり失恋したって風には見えないけど、嘘じゃないんだよね。

 あの頃って、英人のことと自分のことで頭がいっぱいで、まわりのことがぜんぜん見られなった気がする。田口さんのことも、ぜんぜんわからなかったな。


「ごめん、気がつかなくて」

「どうしてそこで謝るかな」

「どうしてって……」

「そこは、自分達の仲を引き裂こうとしていたなんてひどいって怒るとこでしょ?」

「でも」

「ま、井原さんの分まで市来崎くんに怒られたけどね。わかってて遊びに誘ったりしてたの丸わかりだったみたいで」

「……そうだったんだ」


「だから、井原さんがそういう顔する必要ないんだって。井原さんの見ていない所でひどいことしていた人間だからね、私って奴は」

「自分で言う?」

 真面目な顔で自分で自分のことをひどいとか言うかなって思ったら、永井さんも同じこと思ったみたいで田口さんに突っこんだ。


 田口さんが時々僕にいじわるな気がしていたの、もしかして英人を好きだったからで、気のせいじゃなかったのかな。

 そっか……、田口さんも英人のことが好きだったんだ。


 でも、田口さんは理衣おばさんのファンだから、それだけでもう英人にとってはダメなタイプで。

 だから、僕のことと関係なく田口さんはダメだったと思うけど、英人が告白されたの断ったって聞いて、ちょっとほっとしてる。

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