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初めてだらけの日 (2)

 結局、長い待ち時間のあいだ、ずっと手を握られていたんだけど、順番が来て店に入ったらどうでもよくなっちゃった。


「ねえ、ケーキがいっぱいあるよ!」

 英人の手を引っぱりながら、思わずそんなこと言っちゃった。

 デザートバイキングの店だからケーキがいっぱいあるのは当たり前なんだけど、僕が感動したのは、その一個一個が小さいこと。これならいろんな種類が食べられそう。


「嬉しそうだね」

 好きなだけケーキを並べた皿を記念にってスマホで撮って喜んでいたら、向かいに座る英人がフォークをとめて僕を見ていた。

「うん! 今日は連れてきてくれてありがとう」

 こんな風に堂々とデザートバイキングに来れて、女性として生きていくって決めてよかったかも。


「……そんなに来たかったなら、もっと早く言ってくれればよかったのに」

「もっと早く?」

 英人と付き合い始めたのはまだ先月からなのにって思ったけど、どこか後悔しているような目を見て、僕がまだ男性だった頃のことを言っているんだって気がついた。


「男同士でこういう店はちょっと来づらいよね?」

「僕は気にしなかったよ。食べるだけのことで、それが誰ととかどうでもいいし」

「でも、英人が来たかったわけじゃないし」

 なのに英人を付き合わせるなんて。僕はそう思ったけど、英人はどこかあきれたみたいにため息をついた。


「友達だったんだから、そんな気を遣わなくてもよかったのにさ。甘いものが好きがバイキングに来たいぐらいだってことも、永井さん達と話してるの聞いて初めて知ったよ」

「でも……、そうじゃなくても、英人にはいろいろ迷惑かけてて」


「大地が体調崩した時なんかにたまたま一緒にいてあげられてよかったって思っても、それが迷惑だったって思ったことはないよ。なんか勘違いさせていたみたいだけど、別に大地を弟みたいとか思ったことないし、僕はもっといろいろ頼って欲しかったよ。……僕の力を認めて欲しかった」


 一緒に遊んでて、頼ってなかったってことはないと思うけど……。あの時言われてから少し考えてみたけど、今でも、英人が僕にどうして欲しかったのか僕にはわからないよ。


「薬のことだって、僕の責任でもあるのになにも相談してくれなかったよね」

「それは英人が」

「そうだよ。顔を合わせづらくなって大地を避けていたとか、自分でもやらかしたって思ってる。まさか大地がそんなすっぱり決めちゃうと思ってなかったし」

「……だって」

 僕はもっと言い訳しようとしたけど、英人が難しい顔をするから、なにも言えなくなった。


「割り切りがいいのはいいんだけどさ、せめてこれからは大事なことは相談して欲しいし、僕を頼って欲しいよ。恋人同士になったんだし、僕は大地の一生を背負っていくつもりだから」

 一生って、やっぱり結婚のことかな。英人の方が当事者の僕よりも僕の将来のこと考えていて、ついていくのがちょっと大変かも。

 英人はそれでいいのかな。


「英人だって、そんなに重く考えなくていいんだからね?」

「それは無理だね」

 ええー……。僕にはいろいろ言うのに、英人は別なの?


 目で不満を訴えてみたけど、英人はぜんぜん気にしないみたいで、僕ににっこり笑ってきた。

「まあいいよ。これから気兼ねなく誘えるしね。デートならこういう店も気にならないんだよね?」

「う……うん」

 英人が断らせないって顔してる。僕もそれだと断る理由はないけど、でも付き合うことになった時もだけど、英人ってば強引だなあ、もう。


「この後はどうする? どこか行きたい所ある?」

 僕がケーキに満足してジュースを飲んでいたころ、英人はまだパスタを食べていた。

 英人はいっぱい食べられるから、いろんなの食べられていいな。


「特に……ないかな」

 言われてみれば、デザートバイキングのことしか頭になかったかも。


「じゃあさ、女物の春物のコートはもう持ってる?」

「ううん、まだ」

「あとで見に行こうか」


 そっか。英人はさっき、僕が服を欲しくて見ていたと思ったんだ。

 まだ早いかなって思ったけど、そのうち必要になるのは変わりないし、まだ二月なんてのんびりしてたらすぐに暖かくなりそうだし、今日買っちゃってもいいかも。


「うん。英人がどういうの選んでくれるか楽しみにしてるね」

「ええっ? 僕が選ぶの?」

「違うの?」


 女性になってからいろんな人と服を買いに行ってて、今日のコートも三上さんと買いに行ったのだけど、いつもいくつか選んでもらってその中から決めていたから、てっきり英人も同じにしてくれるんだって思ったよ。

 選んでもらうつもりだった僕に、英人が困った顔になる。


「クッションならともかく、女物の服とか……」

「クッション?」

 どうしてコートとクッションと比べてきたのか気になって聞き返したら、英人がはっとして手で口を隠した。


 その反応も不思議で顔を見ていたら、英人はあきらめたみたいに手をどけた。

「……僕の部屋のクッションなんだけど」

「英人の部屋の? ……少し前に買ったっぽかったあれ?」

「それ。……あれは、前に大地が女の子座りしていたのが気になって買ったやつだから」

 あのクッション、わざわざ僕のために用意してくれてたんだ。


「ありがとう」

「うんまあ、一応僕も使える物だから」

「使ってる?」

「……枕にとか」

 そう言いながら目がうろうろしてる。僕のために買ってくれたクッションだから、本当はあんまり使ってなさそう。


「——ジュース取ってくる!」

 英人が急に立ち上がったと思ったら、コップ持って行っちゃった。

 コップにまだジュースがまだ残ってた気がするけど。……あ、歩きながら飲んでる。おかしいの。


 そっか。あのクッションって、女の子座りしてた僕のために英人がわざわざ用意してくれたんだ。そうだったんだ。


「どうしたの、変な顔して」

 どんなクッションだったかなって思い出していたら、いつのまにか戻ってきた英人が向かいに座った。

 英人はおかわりしたジュースを飲みながら、なんだか不機嫌そうな顔してる。でも、英人が不機嫌になる理由はないよね。


 もしかして、クッションのことで照れてるの?

 変な顔なんてひどいけど、照れてる英人がなんだかかわいく思えるから、あんまり気にならないかも。


「今度、英人の部屋に遊びに行っていい?」

「散々遊びに来てるのに」

「そうだけど」

「いつでも好きに来ていいよ」

「うん」

「……にやけすぎ」

 英人の口はコップで見えないけど、眉がぎゅって寄ってる。


 不機嫌そうな英人がもっとかわいく見えてきたよ。





 今日は楽しかったな。初めてデザートバイキングに行って、服を買って、ずっと英人と一緒あっちこっち歩き回ったりして。


 英人がコート選ぶのにぜんぜん協力してくれなかっただけは不満だっただけどね。女物を選ぶセンスはないって言っていたけど、だからってなに訊いても全部、大地の好きなのでいいんじゃない? だけしか言ってくれないなんて思わなかったよ。

 結局、初めて自分で一から選んだ服を買ったけど、おかしくない……よね、これ。



「送らなくていいの?」

「まだそんな時間じゃないからいいよ」

 駅からの帰り道に英人が訊いてきたけど、日は暮れていてもまだそんな遅くないからね。


 だから、今日の用事はそろそろ済ませないと。

「渡したいものがあるんだけど」

 僕はバッグに入れて今日一日持ち歩いていた、小さな紙袋を英人に向かって取り出した。


「これ、僕からのバレンタインチョコ。英人に」

「大地から?」

 受け取って英人がびっくりしてる。


「そのね、ぼ……僕達、付き合ってるから、バレンタインもあるよねって思って」

 あこがれていたのはもらう方だったけど、英人には大人っぽいものがいいかな、それともシンプルなのがいいかなって、いろいろ悩みながらあげるチョコを選ぶのも楽しかったな。


 英人は甘いものもそれなりに好きだし、喜んでくれるかなって思っていたのに、チョコを持ったままずっと黙ってる。

 どうしてなにも言ってくれないのかなって思ってたら、英人が泣きそうな顔になった。

 もしかして英人は、僕にこういうことして欲しくなかった? 僕が女性らしいことをするのは受け入れられないの?


「……大地」

「な、なに?」

「キスしたい」


 …………き、キスっ!?

 びっくりして体が動かない間に顔が近づいてきたと思ったら、すぐにとまった。あ、あれ?


「いい?」

 それ以上近づいてこない。


 ……どうして。

 どうして、僕の答えを待ってるの。付き合うことになった時は強引だったし、今日だっていじわるしたりしてたのに、どうして今こんなことばっかり、ちゃんと僕の気持ちを訊いてきたりするの。

 訊かれなくても、たぶん僕は……。


「……い、いいよ」

 答えたら顔が熱くなった。

 やっぱりここ外だからって僕が言い直すより早く、英人の顔が近くなっていた。


 初めてのキスは、顔も耳も唇も熱くて、くらくらした。


「大地、好きだよ」

 抱きしめられて、英人のコートをつかむ。僕からは指先だけでしか触っていないのに、この手を離すだけでこの場にしゃがみこんじゃいそう。


 どうしよう……いつからなのかな、こんなに英人のことを好きになっていたの。自分のことなのにぜんぜん気がつかなかったよ。


 外なのに僕は顔も耳も熱くて、抱きしめられている体も熱くてくらくらしながら、英人にずっとこうしていて欲しいって思っていた。

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