表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

40/50

初めてだらけの日 (1)

 二月の中旬に、僕は誕生日を迎える。

 バレンタインデーが近いからって、英人は毎年お菓子をくれていたんだ。これあげるから叔父さんからなにも受け取ったらだめだよって。でも結局、僕は今の理衣おばさんからもらうのをやめられなかったけどね。


「今度の誕生日、デザートバイキングに行こうか」

 今年もまたお菓子をくれるのかなって思ってたら、違っていた。

 もしかして、前に話してたの覚えていてくれたのかな。デザートバイキングは行ってみたいけど、本当にいいのかな。


「あまり食べられないよ?」

「大地が行ってみたいんだからいいよ」

 やっぱり覚えていてくれたんだね。

 もちろん行ってみたいから、僕の喜んで英人の誘いを受けた。


 僕の誕生日の次の日曜日に行くことになったけど、なに着て行こうかな。駅で待ち合わせて電車で遠くまで行くなんて、デートみたい。

 ……みたいじゃなくて、デートだよねこれ。付き合ってるんだもんね、僕達。お正月のあれからなにか変わったって感じもないんだけど、考えてみたら、二人で一日どこかへ出かけるのは初めてかも。





 今日は約束の日。

 待ち合わせ時間よりずっと早く、駅に来ちゃった。

 そわそわして、意味なくメッセージのチェックを何度もしてる。僕が早く来ちゃっただけってわかってるけど、英人が来るのが待ち遠しくて。


 構内だから風は吹いてないけど、時々足元が寒い。

 女性物の服を着るようになってけっこう経つけど、とうとうスカート履いちゃった。デートだからって思ったら、気合いも入っちゃって。


 スカートが足の周りでひらひらしてるのがちょっと楽しいけど、ロングだしコートも着てるのに、足からお尻までスースーするなあ。お腹が冷えそう。なんか履き方おかしいのかな。でも見た目はどこもおかしくないよね? 今度、三上さんか永井さんに訊いてみようかな。


 ……二人にはこういうの頼りたくなるんだけど、田口さんにはなんとなく訊く気になれないんだよね、変なこと教えられそうな気がして。スカートの履き方におかしいのもなにもないと思うんだけど、どうして田口さんにはこんな風に思っちゃうのかな?


「……大地?」

 足元を気にしていたら、僕を呼ぶ声がした。

 振り返ったら、びっくりした顔の英人がいた。


「おはよう、英人」

「おはよ。もしかして待ってた?」

「ううん、そんなことないよ」

 英人も早く来たんだね。早すぎるかもって家でそわそわしてなくてよかった。


 目的の駅まで移動する電車の中で、二人でワイヤレスイヤホンを片方ずつ耳にはめて同じ音楽を聴きながら、英人がちらちら僕のかっこうを見てた。

 なかなかなにも言わないけど……もしかしてまた、おかしなかっこうしてるみたいに思ってる?


「……大地がスカート履いてるところ、初めて見たよ」

 英人がぼそりと呟いた。

 やっぱり気になってたんだね。僕も気にしては欲しかったけど、英人はどういう意味で気にしているのかな。


「今日初めて履いたんだからね?」

「そっか。……かわいい、よ」

 なんて言われるかなって不安だったから、ほめられてびっくりした。


 びっくりしたけど、英人がこういう風に言ってくれるなんて……すごく嬉しい。

 かわいいなんてあんなに嫌いな言葉だったのに。英人が言ってくれたからっていうのもあるのかな、自分でも不思議だけど、思い切って履いてみてよかった。


「にやけすぎ」

 英人もちょっと照れていたっぽかったのに、なんだか今は不機嫌になってる。

「そんな顔してる?」

 自分の顔を触ってみたけど、わかんないよ。


「そんなにスカート履いてみたかった?」

「そうじゃないけど、今日はデートだからって思って……」

 って、デートって言っちゃったよ。


 英人には誕生日祝いでって誘われたけど、今日ってデートでまちがいないよね? 僕だけそう思ってるってことはないよね?

 ちらっと英人の顔を見たら、すっごく嬉しそうに笑ってる。

 にやけすぎなのは英人の方だよ。





 目当ての店はデパートの中だった。

 広いデパートの中を移動中に通りがかった洋服のフロアで、まだ二月なのにもう春物が並んでいた。

 今見ても寒そうであまり欲しくならないんだけど、必要になった頃に買うのは遅いのかな。


 どんなコートがあるか首を伸ばしてみて、ふっと振り返ったら、英人が先の方から僕に向かって歩いてくるところだった。

 ちょっと見てただけのつもりだったけど、しっかり立ちどまっちゃってたみたい。


「よそ見してたらはぐれるよ」

 僕のところまで戻ってきて、英人が手を握ってきた。

 これって子供扱いされてるよね。よそ見していたのは僕だからしかたないかもしれないけど、デート中にこんなの情けないなあ。


 手をつないだまま着いたデザートバイキングの店は行列ができていて、カップルらしい二人連れも多かった。バレンタインはすぎてるけど、都合で今日にデートの人も多いのかな。

 列に並んでも英人はまだ僕の手を握ってる。ここから抜け出してどこか見に行く気はないのに。

「英人」

「なに」


 小声で呼びかけたけど離してくれない。小さく手を振ってみたら、握られる力が強くなった。

「ねえ、英人」

「だから、なに」

 不思議そうに訊き返してきて、僕が手を離して欲しいの、わかってないみたい。


 はっきり言いづらくて下を向いたら、今度はにぎにぎされた。変な握り方するなあって見たら、目の前でまたにぎにぎ。

 これってもしかして、本当はわかってるの?


 英人の顔を見上げたら、笑ってた。……さっきまですました顔していたのに。

「……英人」

「なに?」

 そんな楽しそうな顔して。もう、いじわるだなあ。


 わかっててやってるなら絶対離してくれないんだって、あきらめようとしたら、今度は簡単にふりほどけそうなぐらい力が弱くなった。

 こんな風にされたら、僕の方から手を離せなくなるよ。

 デート中だから、手をつないでいてもおかしくないかな……?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ