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変化した僕達と、変化する関係 (4)

 帰りの駐車場で、僕は理衣おばさん達が乗った杉崎さんの車を見送った。

「新居が決まったら遊びに来てね」

 開けた窓から手を振る理衣おばさんに、僕も手を振り返す。


 続いて、行きに乗ってきた車を見送ったら、隣にいた英人がぼそりと言った。

「向こうの車に送ってもらえばよかったのに」

 そんな不満そうな顔しても、本当にそっちの方がよかったって思ってくれてるのかな。


 僕は帰りは歩くことにしたんだ。車で連れてきてもらったけど、道はわかるし、歩けないほど遠くなかったから。

 そうしたら、杉崎さんの車で送ってくれるって誘ってくれて。満腹で乗り慣れない車に乗るのは不安だったから断っちゃたけど。


 それに、体調だけが問題じゃなくて。

「……邪魔するの悪いし」

「十分かそこいらなんて、邪魔したうちに入らないよ」

「そうかもしれないけど」


 理衣おばさんは車に乗る前に、僕をまたぎゅってしてきた。

 その時はさびしそうな顔だったのに、杉崎さんを振り返った時にはもう笑ってた。理衣おばさんが誰かに向かってあんな風に笑顔になるの、初めて見たよ。


 理衣おばさんのそばにいた杉崎さんも、おばさんのことをずっと見てたね。理衣おばさんって昔からどこか自由でふわふわしていたけど、杉崎さんならなにかあってもしっかり引きとめてくれそう。

 話は聞いていたけど、実際に結婚相手の人にも会って、二人が仲よさそうで安心したなあ。


「ねえ、英人」

 帰り道を一緒に歩く英人に話しかけた。

 僕が歩くって言ったら、英人も付き合ってくれることになっちゃった。別にいいのにとも思ったけど、訊いてみたいこともあったから、ちょうどよかったかも。


「理衣おばさんって僕のことを公表するつもりはないみたいだけど、杉崎さんは研究室の人だから僕のこと知って……」

「ごめん」

 全部言う前に英人に謝ってきた。この話はしたくないってこと?


「大地のことは、確かに研究室の人にも公表してなかったよ」

 って思ったら違ったみたい。じゃあ、杉崎さんのことで謝らないといけないようななにかしたのかな。


「……ただ、あの人とは夏休みのインターンで顔を合わせてたんだけどさ、仕事中はまあいいんだけど、肝心の時間外の、……大地のための研究を進めてる時に、あの人だけは他の人と違って毎回一緒に残ってて。それで」

「それで?」

「……ケンカになって」

 一回り歳上の人とケンカしたの? 殴り合ったわけじゃないよね、怒鳴り合いしたとか?


「あの人に散々邪魔されたんだよね、室長に無茶させないでくださいって。無茶もなにも就業時間内はできないし、元々仕事と無関係に進めてきた、当然時間外に進めてきた研究だったのにさ。で、終いにはいくら親戚でもその態度はなんなんだって言われて」

 杉崎さんの前で、あの電話みたいな態度を理衣おばさんに取っちゃったのかな。


「……つい、事情も知らないくせにって言っちゃってさ」

 英人がすごい渋い顔になった。


「それでまあ……事情ってなんだって突っ込まれて、おば……叔母さんがしかたなく大地のこと説明したら、そういう事情があるなら先に言えば最初から協力したって言われたけどさ、そんな気軽に言いふらせることじゃないっての」

「それでも話したのは、理衣おばさんがそれだけ信頼していた人だからじゃないの?」


「まあね……。僕が杉崎さんにイライラしてたら、彼は優秀でいいサポートしてくれるからって叔母さんが言ってたけど、……だからって、結婚するほど信頼してるとは思ってなかったよ。杉崎さんもなんて言うか、なんで毎日勝手に研究に付き合ってくんだろうとは思ってたけどさ……」

 英人が大きくため息をついた。


 だから杉崎さんのことにらんだり、お互いに関わらないようにしていたんだね。

 しょうがないなあって思うのに、僕はちょっと笑っちゃった。


 最近、英人が素直になってるんだ。素直に……すぐに不機嫌になる。でも、不満なのをごまかしたり、無理して変な表情になるよりずっといいと思う。

 そんな英人はいいんだけど、僕の方がちょっとおかしいんだ。


 時々、不機嫌な英人が……かわいいって思っちゃう。

 不機嫌なところがかわいいなんておかしいのに、そんな英人を見ていると嬉しくなることもあって。英人にばれて、思い出し笑してたってごまかしたこともあったけど、一緒にいて時々困るんだよね。

 本当におかしいよね、こんなの。


「大地。車が来るよ」

 ふいに、英人に肩を抱くように引き寄せられた。

 歩道もガードレールもない道路を歩いていたから、近づいてくる車を避けるためなのはわかるけど、こういうのは気になっちゃうんだってば。


「ありがと」

 車が通り過ぎていったところでそそくさと離れようとしたら、英人に手を掴まれた。

 えっ、なに? また車?


「車どこ?」

「車は来てないよ」

 次に近づいてくるライトが見えないからきょろきょろしてたら、来てないって。

 じゃあどうして手を握られてるの?


「それより大地。……最近、僕のこと意識してるよね」

 握った僕の手を引き寄せながら、英人が僕の顔をのぞき込んできた。

 なに言い出して……意識してるって……。


「最近はなにかと距離を取られるから、嫌がられてるのかなとも考えたけど、……違うよね? 僕を意識するようになってるよね、その顔は」

 そんな顔って、僕今どんな顔してるの?


 意識はするよ。だって、英人が僕を好きだから。知ってても無視できるほど、僕はこういうの慣れてないから。でも、さっきのみたいな英人のすることが気になってるだけで、英人を意識してるわけじゃないよ。


 ……本当にそうなのかな。意識してるから気になってるの? 英人を意識してなかったら気にならないのかな?

 わかんない、わからないよ。僕は英人を意識してるの?


「大地」

 後ろに引こうとしても手は掴まれたままで、英人がさらに近づいてくる。


「これからも友達だって言われた時には、伝わってなかったならしょうがないってあきらめるつもりだったし、それでも、大地が女の子として生きていくって決めたなら、幸せになるまでは責任持って守るつもりだったよ」

「責任なんて……、僕が決めたことなのに」

「でも、僕を異性として意識してくれるようになっているなら、……期待していいなら、大地が言っていた、女の子として結婚する未来の相手に、僕との可能性も考えて欲しいんだけど」


 結婚相手? 英人と結婚? 僕が英人と?  そんなの考えたことがなかったら、急に言われても頭が追いつかないよ。

 手を握られる力がますます強くなる。

 英人、近いってば。


「それとも、やっぱり無理?」

「よ、よくわからない……」

「じゃあ考えて。今すぐ考えて」

「あ、あの、英人……」


「今すぐ考えて、三秒以内にハイかイエスで返事して。大地、僕と付き合ってくれる?」

「——は、ハイっ!?」


 ………………………………あれ?

 勢いよく訊いてくるから勢いで答えちゃったけど、なんか選択肢がおかしくなかった? 手を離した英人が小さくガッツポーズしてるけど、気のせいかな。


「……あの、英人……」

「なに? 今のはなしとか言わないよね?」

 言わせないよって顔してる。……気のせいじゃなかったみたい。

 強引だなあ。英人は今のでよかったの?

 でも、僕もなかったことにしたいとは思わないからいいかな。はしゃいでた英人がかわいかったし。


 ……やっぱりおかしいよね、英人がかわいいって思うなんて。

 でも英人を見てるだけで嬉しくなったり、こんな風に思うのって、そういうことなのかな。まだはっきりとはわからないけど。

「なしって言わないよ」

「それじゃあ」


「結婚はまだわかんないけど」

「……まあね」

 さすがに結婚までハイって言えなくて、英人ががっかりしてる。そんな顔されると困るけど、結婚まで今すぐ決めるのはさすがに無理だってば。


「でも、ちゃんと考えたいから……だから、これからよろしくお願いします」

 これからも、かな。今までも英人にはいろいろめんどうかけてきたし。


 小さく頭を下げてから英人を見上げたら、なんとも言えない、なんだかこらえてるみたいな顔をしていた。さっきまであんなに強引だったのに、急におとなしくなってておかしいの。

 僕から手を握ってみたら、一瞬英人の指がびくっとしたけど、すぐに握り返してくれた。

 なんだか顔がゆるんで、今の僕、変な顔してるかも。


 手をつなぎながらしばらく歩いていて、あったかいって思ってた英人の手が汗ばんでもいるのに気がついた。

「英人って意外と汗っかきだよね?」

「そう?」

「うん。手がいつも汗かいてる」

「……わざと言ってる?」

 あれ? どうして困った顔になるの。


「手の汗はあれだよ。……その、緊張して」

「緊張?」

「——だからさ! ……女の子になった大地相手に緊張してたから……」

「……そうなの?」

「そうだよ」

「そんな風に見えなかったよ?」

「いつも緊張してたよ」

「そうだったんだ」


 そういえば、女の子になった僕に困ってたって言ってたっけ。でも、緊張してるようには見えなかったから意外だなあ。


「……やっぱり、意識されてないのかな」

 英人が悩んだ顔で呟いた。

 そんなことないよって言おうかなって思ったけど、またはしゃがれたら困るから、今は内緒にしとこう。

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