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変化した僕達と、変化する関係 (2)

「ちーちゃん、ひさしぶり!」

 着いた料亭のロビーにモデルみたいな人がいると思ったら、それが理衣おばさんで、テンションの高い声と同時に抱きしめられた。

 なんか呼ばれ方が気になったけど、とりあえず、僕もひさしぶりって返した。


「こんなにかわいくなって」

 楽しそうに僕の顔を覗きこむ、ばっちり化粧した理衣おばさんの顔を見上げる。


 今はどんな姿になってるかなって想像してた。

 身長は僕がそのままだから、理衣おばさんも英人と同じくらいのままかなって思っていたけど、見上げる僕の首がもげそうなくらい高くなってる。一瞬しか見えなかったけど、かかとの高いブーツを履いてたよね。そのせいで百八十センチぐらいありそう。

 身長はたぶん予想どおりだけど、抱きしめられた時にコート越しに僕の顔に当たった感触は予想外だったね……。


 女性になった理衣おばさん、すっごくスタイルがいいみたい。コートの上からもわかるぐらいってどれだけなの。僕が女性になっても以前と大して変わらなかったから、理衣おばさんもそうかなって思ってたのに、ぜんぜん違う。胸が大きくてうらやましいなあ。


 ……あれ? うらやましい? 田口さんとか見てうらやましいと思ったことなんてないのに、理衣おばさんには嫉妬しちゃってるのは、女性になった原因が同じなのにぜんぜん違う体型になってるから? 元が違うんだから違うのが当たり前だけど、でも。


 もやもやの理由に悩んでいたら、英人に後ろから引っぱられた。

 理衣おばさんから離れたらすぐに手も離れたけど、このぐらい気にしなくてもいいのに。


「なに今の呼び方」

 呼ばれた僕より先に、英人が理衣おばさんに噛みついた。

「かわいいでしょ?」

「変だよ」

 英人が文句を言っても、おばさんは満足そうで気にしてない。


 お菓子や実験のことがなくても、英人は理衣おばさんとは気が合わなかったんじゃないかな……。


「ちーちゃんはどう思う?」

 一応、僕にも訊いてくれるんだ。訊いてくれるだけで終わりそうだけど。


「僕もちょっと……小さいって強調されてるみたいで」

「今なら女の子の中では小さくないでしょ?」

「そうだけど……」


 三上さん達と一緒にいる時は僕が一番背が高いけど、今この場にいる人はみんな僕より大きくて。英人のお母さんも高校生になってもまだ伸びていたってぐらいの高身長だから、この中にいると、やっぱり僕は小さいなってつくづく思うよ。


「響きがかわいいからね、これからはちーちゃんって呼ぶから」

「ええー……」

 嫌そうな顔をしてみたけど、理衣おばさんはやっぱり気にしてくれる気がないみたい。


「ひさしぶりに会えて本当に嬉しいわあ。英くんも今日は来てくれてありがとう」

「大地が来るって言ったからだよ」

 英人が仏頂面でそっけなく言う。

 僕が来るって言ったから? ……そっか、英人は僕が遠慮していたら来ないつもりだったんだ。思い切って来てよかったな。


「杉崎くん。この子が前に言った子よ」

 理衣おばさんは隣にいた男性に僕を紹介した。

 この人が理衣おばさんの婚約者なんだ。真面目で優しそうな人だね。


「よろしく。君が市来崎室長の友人の井原さんだね」

 一回り年下の僕に、親しげに笑ってくれる。

 この人、僕のことを知ってるんだ。僕のことって世間には公表されていなくても、研究室内では知られてるのかな。


 手を差し出されたから握手したら、隣に立っている英人がイラッとした気がした。

 横目で見たら、やっぱりむっとした顔してる。理衣おばさんのことならわかるけど、どうしてこの人にも怒ってるの?


「義兄さんもひさしぶりね!」

 理衣おばさんは僕と話したテンションのまま、おじさんに話しかけた。


「……君は理一郎くんなのか……」

「やあね、義兄さん。今は理衣だってば」

「理衣……くん」

「うーん、職場みたい」

 表情も態度も固いおじさんに、理衣おばさんが苦笑してる。


 もしかしたら、今この場で一番緊張してるのはおじさんかも。性別が変わった僕達に今日初めて会って、困ってるだけかもしれないけど。


「ほら、いつまでもロビーにいないで案内してもらいましょう」

「どうぞこちらへ。奥の個室になります」

「あなた」

「ああ」

「室長のお姉さん、室長とよく似てますね」

「でしょう? 前は鏡見るたびに、姉さんがいるって驚いたわ」

 和服の仲居さんに案内されて、みんながぞろぞろ移動を始めた。


「行こう、大地」

 英人が軽く僕の背中に触れてきた。

 ……こういう時に、意識しちゃって困るんだ。

 こういうエスコートみたいなことって、前からしてなかったよね? してたっけ? してたかな? 英人は友達としてしているだけかもしれないけど、どうしても気になっちゃって。


「どうかした?」

「う、ううん。なんでもないよ」

 手に気を取られて歩くのが遅くなっていたから、僕は前を行く杉崎さんを追いかけるふりをして、英人から離れた。





 案内された部屋でコートを脱いだ理衣おばさんは、脱いだらやっぱりすごかった。

 自分でも不思議だけど、違いすぎてやっぱり複雑……。

 端っこに座った僕の隣が理衣おばさんになったけど、みんなが席につくと、理衣おばさんはすぐに英人のお母さんと話し始めた。

 僕が理衣おばさんと話せる余裕はなさそう。でも今日はそういう日だもんね。忙しいのに会えただけでもいいよね。


「大地。ダメそうなのは言ってくれれば、僕のから好きなのと交換するよ」

 席に置かれていたコースのお品書きを眺めていたら、向かいに座っている英人がそう言ってくれた。

「うん。でも、食べきれないかもしれないから」

 そもそも、僕にはダメそうな料理かどうか、日本語で書かれているのにどんな料理なのかさっぱりわからないから、出てくるまでわからないって問題もあるけど。


「無理はしなくていいからね」

「うん」

「デザートは僕の分も食べる?」

「いいのっ!?」

 …………あっ。

 思いっきり喜んでから、やっちゃったって後悔した。


 最近、英人がさっきのエスコートみたいなのとかしてくるから、だからそれ以外でなるべく面倒かけたり、なにか頼ったりしたりしないようにしなきゃって思ってるのに。僕ってば甘いものに弱すぎるよ。

「……食べきれないかもしれないから……」

「いいよ、食べられたら言って。待ってるから」

 ああもう、笑ってるよ……。英人の中ではもう、僕にくれることが決まってるんだね。


「英人くんは、他の人もいる時はそんな感じなんだね」

 ふいに、離れたところから英人の名前が飛んできた。

 そっちを見たら、理衣おばさんの向こうに座ってる杉崎さんが真顔でこっちを見ていた。

 英人は僕の方を見たまま顔がこわばってる。……怒ってる?


「僕といる時はいつもこんな感じですよ」

「そうなんだね」

 目が合っちゃったからとにかく話してみたら、杉崎さんは愛想よく笑ってくれたけど、英人は顔が固まったまま。


 杉崎さんって、英人のことをなにか知ってるのかな。……あ、理衣おばさんの助手なんだから、インターンで会っていたんだね? その時になにかがあったのかな。

 そんな風に考えると、杉崎さんも英人に直接声をかけるのは避けているみたいだけど、態度に出さないところはおとなかも。


 英人は横向いちゃって、むっとした顔を杉崎さんから隠してる。

 ここまで不機嫌になるなんて、本当になにがあったのかなあ?

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