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変化した僕達と、変化する関係 (1)

 新しい年がやって来た。

 大学が冬休み中の僕は、一昨日は地元の神社に初詣に行って、家に帰ったらごろごろして、昨日は特番ばっかりのテレビを観ながらまたごろごろしていたけど、今日は夕方から英人の家に向かっていた。


 理衣おばさんが婚約者の人を連れてあいさつに来るから、僕も会いに行くんだ。

 知らない人も来るのは緊張するけど、気軽に会える機会なんて待っていたら、理衣おばさんがますます忙しくなりそうだから、会いたいなら会える時に行っておかないとダメだよね。





「英人。あけましておめでとう」

「あけましておめでとう、大地」

 玄関先で、中から出てきた英人と新年のあいさつをした。


 いつもと態度の変わらない、服も普段どおりの英人。最後に顔を合わせてからそんなに経ってないのに、新しい年になったからからかな、なんだかちょっと新鮮で、ドキドキする。


「上がって待ってて。僕はちょっと用があるから」

 あまり顔を見ているまもなく、英人は出かけて行っちゃった。

 理衣おばさん達はまだ来てないのかな。


 おばさんも今いないみたいで、靴が玄関にない。一つだけ、見慣れない男物の革靴がある。

 おじさんが……英人のお父さんだけがいるみたい。

 おじさんは海外出張が多いからあまり家にいなくて、最後に会ったのは、英人と同じ大学に合格したのがわかった時だったかな。だからおじさんとは、僕が女性になってから会うのは初めてだね。


 リビングを覗いたら、スーツ姿のおじさんがノートパソコンをいじっていた。

「あけましておめでとうございます、おじさん。久しぶりです」

「ん? どなたかな。……ああ、井原くんか」

 おじさんは顔を上げて僕を見て、落ち着いた返事をくれた。


 僕、けっこう見た目変わったと思うんだけど、おじさんはびっくりしないなあ。このあいだ、高校の卒業アルバムを開いてみて、髪が短い自分に自分でもびっくりしたのに。おじさんからすると、あの見た目から急に今日の僕になっているのに。

 そういえば、髪の毛が首まで長くなってきたから、今年の冬は帽子がなくても暖かいな。


「いや、今は井原さんかな」

 向かいに座った僕に、おじさんがそんなこと訊いてきた。

 同じことを最初に訊いてきたのは三上さんだっけ、永井さんだったっけ。そんなに前のことじゃないのに、なんだか懐かしいなあ。


「おじさんの呼びやすい方でいいですよ」

「そうかい。……話は聞いているよ。大変だったみたいだね」

「えっと……いろいろありましたけど、もう生活は落ち着きました。英人もいろいろ助けてくれて、感謝しています」

「そうか。息子が君の力になれたならよかった」

 おじさんは少しだけ話すと、またパソコンをいじり始めた。もしかして仕事してるのかな。正月なのに大変そう。


 待っている間、ひまだなあ。スマホいじってても平気かな。

 イヤホンをして適当に動画を開いたけど、英人がいつ戻ってくるのか気になって、内容が頭に入ってこない。

 ……英人とはあの時約束したとおり、今も友達でいる。


 あの時にいろいろ話して、いろいろ聞いたから、英人が僕を遊びに誘ったり、面倒見が良かったりしていたのは、英人の都合で僕を引き止めたかったからだって今はわかってる。

 でも、英人がも元々どういうつもりだったとしても、別にいいかな。いろいろ助けてもらってきたし、これからも仲良くしてくれるなら、僕はただそれだけで。

 英人が僕を避けなくなったから、昼食もまた一緒にするようになった。


「——しばらく顔見なかったけど、なにしてたの?」

 ひさしぶりに英人と一緒に食堂に行ったら、永井さんが真っ先に訊いてきた。

「やらないといけないことがあって」

 僕はびくっとしちゃったけど、英人はさらっと答えてた。やっぱりひさしぶりだし、訊かれると思ってたのかな。


「そんなに忙しかったの?」

「薬の開発がどうにかならないかもう一度掛け合ってたんだよ。どうにもならなかったけどね」

「井原さん、そうなんだ?」

 英人と話していた永井さんが急に僕に確認してくるから、あわててうなずいた。英人は嘘は言ってなかったから。


「市来崎くんが焦ってもしょうがなくない? 井原さん本人が時間がかかるのに納得してるんだから、一緒にドンとかまえてたら?」

 永井さんの言葉を聞いて、僕は胸が苦しくなってきた。

 僕はもう戻らないって、薬の完成を待たないって決めたんだ。そのことをみんなにも伝えないとって思うのに、なんだか言い出せなかった。


「まあまあ。今日は井原さんと一緒っていうことは、そういうことだよね、市来崎くん」

「……そうだね」

「今の井原さんのことが心配なのもわかるけど、男の子に戻るまで付き合ってあげるつもりなんだよね? それでいいんじゃないかな」

「そうだね」


 僕が言い出さないから、英人もなにも言わないで、田口さんや三上さんの言葉にただうなずいていた。

 みんなの前ではなにも事情は変わらないまま、二人になっても一緒に帰ったり寄り道したりいて、前みたいな友達付き合いをしてる。


 でも僕は、心の中では少し困ってる。

 英人って僕のことが好きなんだよね……って、一緒にいてたまに意識しちゃって。僕が友達でって言ったとおりに英人が付き合ってくれているんだから、僕も普通にしてないといけないのに、時々変な顔になりそうで困ってる。


 普通にしなきゃって思うのに、普通ってどんな感じなのか最近わからなくなってきたかも。

 英人のことばっかり考えているうちに動画が一つ終わったけど、内容がぜんぜん頭に入ってこなかったよ。


 ……あれ? なんだかまわりが静か。

 顔を上げたら、おじさんはキーを叩くのをやめて僕のことを見ていた。

 やっぱり気になってたんだ。


「すまないね、その……きれいになったから、驚いてしまって」

 目が合って、あわてたおじさんがおかしなことを言い出した。

 きれいなんて、背中がむずむずするなあ。僕にお世辞なんていいのに。

 おじさんって女性にこういうこと言う人だったんだ。固い人だと思っていたから、ちょっと意外。


「ありがとうございます。でも、性別は変わったけど、僕は僕なんで、そういうの気にしてもらわなくても大丈夫です」

「いや……うん、そうだな……」

 おじさんが視線をうろうろさせてる。


 なんて話していたら、玄関が開いて英人が帰ってきた。

「父さん、大地。車が来たよ」

「……車?」

 これから理衣おばさん達が来るのにどこへ行くのかなって訊いたら、予約してあるお店で会うんだって。


 おばさんが運転して来た車の助手席に乗り込むおじさんを見ながら、僕はこのまま一緒に行っていいのか悩んだ。

 食事をするって聞いてはいたけど、外食なんだ。英人から予定が空いてるかどうかって聞かれた時、お寿司の出前ぐらいにしか想像してなかったよ。


「僕も一緒に行っていいの?」

「大地の分も予約に入ってるからね」

 英人が後部座席のドアを開けながら言う。

「もしかして、けっこうしっかりとした食事会なの?」

 家族とか親戚で集まるような食事会に、僕が混ざってもいいのかな。


「あの人が大地にも会いたがってて誘ったんだから、大地は気にしなくていいんだよ」

 あの人、かあ。あれから何度か理衣おばさんの話はしたけど、英人はちゃんと呼ばなくて、叔母さんとはどうしても呼びたくないみたい。でも、頑なに叔父さんって呼ぶよりはいいかな。


 英人の顔を見上げていたら、早く乗ってってうながされた。

 後から英人が隣に乗り込んできた時、僕は腰を浮かせて座り直すふりをして、英人からちょっとだけ離れた。

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