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僕の決心 (2)

 びっくりした英人に肩を掴まれた。

 骨まで食い込んできそうな指の力に体が跳ねたけど、英人は力を抜いてくれない。


「決めたってどういう意味!?」

「まだ決めただけ。いろんな変更の手続きとかはまだ先になるけど」

「そうじゃなくて、そうじゃ……大地が一人で勝手に決めただけだよね……? まさか、他の誰かにそんな話をしたりは」


「お父さん達と話し合ったよ。僕はこれから先、二人の……娘として生きていくって決めて、お父さん達も受け入れてくれた」

「そんな……っ」

 信じたくないって顔の、本当にぜんぜん知らなかった様子に僕はほっとしていた。


「理衣おばさんにも、英人のお母さんにも言ってあるよ」

「聞いてないよ!?」

「黙っておいてってお願いしたんだよ。英人には僕から直接言いたいからって」

 理衣おばさんの方は英人からの催促があるから大変そうだったけど、ちゃんと隠し通してくれたんだね。


 理衣おばさんが結婚するって話を聞いた後、僕もこの先女性として生きていく道を初めて考えたんだ。

 ……ううん、考えたことがなかったわけじゃない。ただ、最初にすぐ戻ると思ったから、この体でも僕は男なんだって思っていた。戻る薬はすぐにはできないって話になって、そのうち、何年もかかる見込みになっても、最初の予定のまま、いつかは戻るってなんとなく考えたままだったんだ。


 着る服が変わっていても、自分の性別に対する意識まで変えたら、二十年近く生きてきたこれまでがなかったことになっちゃいそうで怖かったのかもしれない。


 やっぱり理衣おばさんはすごいなあ。僕は理衣おばさんにはいろいろ、特に勉強面で影響を受けてきて、今度のことでもこの先の生き方に影響を受けたけど、理衣おばさんは見本になるような、似たような人が周囲にまったくいないのに、自分で将来を決めて突き進んで来たんだから。僕には同じようにはできないけど、やっぱりあこがれちゃうし、かっこいいな。


 先のことを考えてすぐに、たまたまお父さんに会えたから、すぐに相談してみた。

 お父さんは慌てたようにも見えたけど、時間が時間だっただけかもしれない。その場ではもう遅いから話はまた今度って言われて、親としてはやっぱり抵抗あるよねって思ったけど、朝になったらお母さんにも話が伝わっていた。

 今日はお父さんも早く帰ってくるそうだから、夜にちゃんと話を聞きたいって言ったお母さんは落ち着いていた。


 その日の夜に三人で話した。というよりも、僕が本気かどうかを訊かれた。

 細かいことはなにを話したか覚えていない。そんなに長い時間もかかっていなかった気がする。

 ただ、二人は僕の希望を優先してくれた。僕が決めたならそれが一番だって。


『性別が変わったこと以外には、体調に支障もないみたいだからな』

『あなたが健康でいてくれたら、それでなによりよ』


 お母さんはちょっと泣いていたけど。

 でもきっと、悲しいとかつらいとかで泣いたわけじゃないよね。前は、お母さんってすぐ泣くなあって思うこともあったけど、女性はどうしようもなく涙が出てくることがあるって、今の僕にはわかるから。


 理衣おばさんには、だから僕のためには薬の開発を無理しなくて大丈夫って連絡したら、考え直してって説得された。理衣おばさん自身はそのまま結婚までするのに、僕のことは引き留めようとするのがなんだかおかしかった。


 もし、待ちきれないから女性として生きる選択をするのなら、見た目だけでも男性として生活できるように他の方法を手配できるとも言われたけど、断ったんだ。

 無理して形だけの男でいたいわけじゃないから。


「……僕だけ、知らされてなかった?」

 英人はショックを受けているけど、だって相談しようもなかったし。


「相談しても、英人は僕のことを本当は男だからみたいにしか言わないよね」

「それは……」

「それに、最近は返事もくれなくなってたし。僕のこともいい加減に面倒になって……」

「——違う! 全然そんなことはなかったよ!! ただ……ただ僕は、大地を早く男に戻さないといけないってだけで……」

 また強く腕を掴まれたけど、声から力が抜けるのと一緒に手の力が抜けて、離された。


「本気、なんだ?」

 ベッドに寄りかかって、弱々しい声で英人が訊いてくる。

 英人がこんなショックを受けるとは思わなかった。呆れたりとか、冷たくなったりするって思っていたのに。


 英人が僕のことで理衣おばさんに対して余計に怒るなら、僕のことを気にする必要がなくなれば……僕との付き合いがなくなれば英人は落ちつけるかもって、十年近く続いた友達関係がなくなるのは寂しいけど、英人のためにも別れた方がいいんだってまで考えていたんだけど。


「どうして? ……女の子のままでいたい理由があるとか……?」

「逆かな。将来を考えても、男に戻ることにこだわる理由がないから」

「こだわりがない?」


「筋肉質の恵まれた体を持っていたわけじゃないし、恋人や将来を約束した相手がいるわけじゃないし。僕が目指している職種は男性じゃないとなれない仕事ってわけでもないから、どうしてもって理由がないんだよね。ただ、生まれた時に男だったってだけで。……一番の問題は、戻れるとしてもいつになるかはっきりしないことだけど」


「だから早く……」

「早くとか遅くなるとかじゃなくて、はっきりしないのも問題なの。戻るまだ戻らないって続けていたら、周りも困るだろうし」


「周りが困るなんて、大地のせいじゃないんだから気にしなくても」

「英人だって困ってるよね」

「……それは」

 英人が気まずそうに目をそらした。


 いつになるかはっきりしない問題で一番考えるのは、就職する時のこと。

 大学には特に変更の手続きもしないまま通えているし、夏休みのバイトもすんなり採用されたけど、就職はさすがにどうなるかわからないよね。今も見た目と本当の性別が違っていて、いつかまた変わるなんて話を、どこまで受け入れてもらえるかな。……そういえば、永井さん達も最初は引いてたっけ。


 お父さんお母さんや永井さん達みたいに、今は今の僕と付き合ってくれるならいいけど、英人みたいに変化していることにこだわる人が周りに増えたりしたら。

 それでも気にしないで突き進めるほど、僕は強くも根性もないから。


「……三上さんのことはどうするのさ」

 体はがっくりしたまま、英人が僕の顔を見た。

 どうして今ここで三上さんの名前が出てくるの?


「大地は三上さんのこと好きだよね。そのまま……女の子のままでいるなんて、三上さんのことはこのままあきらめるってこと?」

 好きって、確かに三上さんのことは好きだけど、英人が言いたいことって、恋愛の好きってこと?

 そういえば、ずっと前に英人からそんなこと言われたっけ。あれからずっと、英人はそうだと思っていたの?


「本当にあきらめていいの? 三上さんと一緒に遊びに行って、あんなに楽しそうにしていたのに」

「楽しかったよ。だって友達だもん」

「……友達?」

「三上さんのことは好きだよ。でも、英人が思ってるような好きじゃないよ」


 もしかしたら、三上さんと知り合ったばかりの頃はそういう好きだったかもしれない。でももう、どんな気持ちだったか覚えていない。

 今は、友達としてこれからも仲良くしてくれたらって思ってる。また一緒に遊びに行けたら嬉しいし、そのうち化粧をしなきゃいけないようになったら、コツを教えてもらえたらいいな。


「本当に……?」

「うん。三上さんのことはかわいくて好きだけど、僕は……三上さんみたいになりたいかもしれない」

 永井さんや田口さんのことをそんな風に思ったことはないから、三上さんが僕にとって特別な女の子なことには変わりないけど。

 あれかな、女の子がアイドルにあこがれてアイドルを目指すのって、こんな気分なのかな。


「三上さんみたいに、ねえ……」

 英人が難しい顔になった。

 またその顔。僕のやることに不満がある時の顔をしてる。


「僕が三上さんみたいになるのは無理だって思ってる?」

 元の差がありすぎるから、同じくらいかわいくなれるなんて思ってないけど、目指すぐらいいいじゃない。


 不満に僕も不満で返したら、英人が慌てた。

「——そうじゃなくて! 大地は大地らしくすればいいんじゃないかなって、ただそう……僕は思うんだけど」

 僕らしく?


「それだと女の子らしさもなさすぎないかな?」

「そんなことないよ。今でもけっこう、その……ぃいと思うけど」

 めずらしくはっきり言葉を言わなかった英人の顔が、ちょっと赤くなっていた。

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