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田口さんの失恋話 (2)

「だから、ダメだってわかってたんだって。むしろ振られて、そこまではっきり言ってくれて安心したんだよ。最近なにかあったみたいだけど、彼女のこと放り出すつもりはないんだって」

「……た、ぐ、ち、さ〜ん?」

 なにかの説明をしている田口さんに、怖い顔の永井さんが迫っていく。


 いつのまにか永井さんがすごく怒ってる。さっきは田口さんの話を全部受け止めるって言っていたのに。

 それをなだめようとしている田口さんは、どうしてあんなに余裕なんだろう。僕ならあんな永井さんに迫られたらしゃべれなくなっちゃうよ。


「だ、か、ら〜、絶対に無理なのはわかってたんだって。わざとかは知らないけど、彼女が大事ですみたいなのは目の前で何度も見せられていたし。でも、わかっててもはっきりさせたいこともたまにはあるよね?」

「いやダメだってそれ。わかっててやっていたなら、余計に相手はイライラしていたと思うよ!? 押して流されてくれるような人じゃないでしょ!?」

 永井さんも知っている人だったの? 三上さんも微妙な顔のままだし、相手を知らないのは僕だけ?


「でもさー」

「しかも文化祭に誘ったってことは、つい最近でしょ? この状態でそういうことしたの? 信じられない!」

 田口さんに向かって怒りながら、永井さんがテーブルを叩いた。この状態ってどの状態?


「こんな状態だから、断られついでに言いたいこともあったんだって」

「なにを?」

「彼女、寂しがってるよって」

 急に永井さんの勢いがなくなった。


「……それで、なんか言ってた?」

「わかってる、だって」

 聞いた永井さんが大きなため息を吐くと、力の抜けた肩を田口さんがぽんぽん叩いた。


「安心した?」

「まあね」

 永井さんは困った顔をしているけど、田口さんの話を納得したみたいで、もう怒ってはいないみたいだった。


 ……ぜんぜん話が見えない。

 三上さんを見ると、まだ複雑そうな顔で田口さんのことを見てる。ずっと黙ってたけど、どういう話だったのかわかってるのかな。


「ねえ、三上さん」

 顔を寄せて小声で話しかける。

「田口さんって失恋したんだよね? それでどうして永井さんが怒るの? 今の話になにか、女の子の間だとアウトなところがあったの?」

 そう訊いたら、三上さんがぽかんとした顔になった。


 あれって思って、ふと気がついたら、永井さんも田口さんもびっくりした顔で僕の方を見ていた。二人に聞こえないようにしたつもりだったのに。


「——アハハハッ!」

 黙っていればよかったかなって僕が思う前に、田口さんがいきなり大きな声で笑い出した。まわりも振り返るぐらい大声で。ちょうど横を通りがかった人なんか、びっくりして手に持っていたスマホを落としそうになっていた。


「田口さんが笑える立場じゃないでしょー!」

 永井さんがまた怒り出したのもかまわず、田口さんは笑いながら僕に抱きついてきた。

 い、いろいろとやわらかい……。


「井原さん、優しいなあ。私の心配してくれるんだ」

「だって、友達だし」

「うんうん。優しいねえ」

 僕の頭を撫でながら、田口さんはなんでか嬉しそうにしてる。

 これって子供扱いされてる? 僕、そんなに変なこと言っちゃったのかな。


「永井さんが怒ってるのはね、私がやったことが女子だからとか関係なくひどいことだからだよ」

「自分で言う?」

 田口さんは仲が良いけどなにかあった二人の間に割り込もうとしたみたいだけど、でも、自分のことをそこまで言うかなって僕が思ったら、永井さんも同じように呆れてた。


 それでも田口さんはずっと笑い続けている。笑いすぎて呼吸が苦しそう。

 田口さんの陽気さが理解できなくて、助けを求めて永井さんを見たけど、肩をすくめるだけで相手をしてくれない。三上さんを振り返ると、困ったように笑うだけで、やっぱり呆れているみたいだった。


「田口さん、あの」

「ダーメ」

 まだなにも言ってないんだけど。


「田口さんの話の二人は、今ケンカしてるの?」

 女の子との慣れない接触にドキドキするから、絡みついてくるのを軽く押し返しながら訊いたら、田口さんは笑うのをやめて、ちょっとまじめな顔になった。


「あー……まあ、詳しいことは知らないんだけどね。私としては、彼が彼女とこのまま縁切るつもりじゃないってわかってとりあえず満足したから、これ以上のお節介は様子見するつもり。……永井さんはどう思う?」

「私だって、そろそろ話を聞いてみようか思っていたところだったけど、そういうことならもう少しだけ様子見する」


「三上さんは?」

「私は下手に首を突っ込めないかな」

「慎重だねえ」

「私が相談に乗れるような事情かもわからないし」

「事情なんて。……ねえ?」

 田口さんがいたずらっぽく笑いながら僕の顔を見上げてくる。


 僕の番ってことだよね?

「どこの誰かわからないから僕はなんとも言えないけど、でも、田口さんを振ったんだから、ちゃんと仲直りするといいね、その二人」

「うん。ずっとこのままだったら、その時はがっつりお節介するつもり」

 失恋したのに、相手の中を取り持ってあげるなんて。やっぱり、田口さんのことを誤解していたかも。


「いい人だね、田口さん」

「……ぷっ」

「井原さん! だまされちゃダメだって!」

 吹き出した田口さんに僕がびっくりするより先に、永井さんが怒った。

 田口さんの笑うツボもさっきからわからないけど、僕、田口さんにだまされそうになってるの?


 悩んでいると、三上さんが僕の顔をじっと見つめてきた。

「井原さん。本当にわかってない?」

「なにが?」

 僕だけ田口さんの好きな人がわからないのはわかってるけど。


「いいのいいの、井原さんはわからなくて」

 永井さんまで僕の頭を撫でに来た。


 田口さんの愚痴の話だったはずなのに、どうして僕が慰められているみたいになってるんだろ? 田口さんもだんだん愚痴って感じじゃなくなってたし。

 結局、田口さんはなにが言いたかったの?


 のんびり話していたら昼休みが残り短くなっていて、永井さんが人が少なくなってる食堂に気がついてから、四人で慌てて食器を片づけて次の講義室へ移動した。

 結局、僕だけ田口さんの好きな人がわからないままだったけど。

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